「違う! ボクじゃない!」
ロキは自分を拘束しようとするエインヘリヤル達の手を払い除け、怒声を発する。
「ロキ様! どうか今だけは我々の言う事を聞いてください!」
「我々も貴方様がそのような罪を犯したとは信じたくありません! 貴方様とバルドル様は仲が良かった事を、我々はよく知っております! しかし……」
エインヘリヤル達の顔色が悪くなる。
「誰だ……誰が、そんなこと言いやがった!」
ロキの疑問に対して、誰もが口をつぐむ。そんな彼等に苛立ちを持ち始めている彼の耳に、人の叫び声と破壊音が入ってくる。
方角は、この城の入り口からであった。
「なんだ?」
「おい、向こうで何が起こってるんだ? 侵入者か!?」
そこへ、とあるエインヘリヤルが助けを求めながら全速力で走ってくる。
「どうしたっ!?」
その男は息を切らしながら、ある者達の名を告げる。
「大変なんだっ! ナリ様とナル様が!」
◇◆◇
その報せが入る前のこと。
「ナリ様、ナル様。今、貴方達をお通しするわけにはいきません」
兄妹は神の国に入ることすら出来ずにいた。
「どうしてっ!」
「頼むから通してくれ!」
兄妹が懇願しても、門番であるヘイムダルは兄妹の前を退こうとしない。ナリは唇をギュッと結び、自身の腰についてある剣に手をつけようとした、その瞬間。
「ハイハイ、邪魔ですよ〜」
「なっ、なんだっ!?」
「「っ!」」
兄妹の前に居たヘイムダルは、突如として発生した大風によって宙へと舞い上がり、神の国の中のどこかへと吹き飛ばされて行ってしまう。そんな彼の身に起こった出来事に目を丸くさせていた兄妹の目の前に、ヘイムダルに変わってある者が現れる。
「ナリ様、ナル様!」
「エアリエル!」
「お二方、お待たせして申し訳ございません」
「そんな事ねぇよ! 来てくれてありがとう!」
ナリは嬉しさのあまり彼女に抱きつくと、エアリエルは頬をほんの少し赤らめて彼の抱擁を楽しみながらも、「エアリエルさん」とナルに名前を呼ばれたため、彼女の理性が彼の身体を己から離れさせる。
「エアリエルさん。ヘイムダルさんは……」
「ヘイムダル様の事ならご心配なく。ここから遠い森の方へ飛ばしておきましたから」
「そう、ですか。でもこの扉……私達だけで開けれるでしょうか?」
ナルは隣にそびえ立つ巨大な白い扉に目を向ける。この扉をいつも開けるのはヘイムダルであり、今この場にいる三人ではこれほどの巨大な扉を開けれる力を持ち合わせていない。
その不安に関して、エアリエルは「それならば、ご心配なく」と、彼女に微笑みを見せて扉に目線を向ける。ナルも彼女と同じように扉へと目線を向ければ。
「? あれ?」
少しずつ。少しずつではあるものの、扉の片方が動き始めていた。そうして片方の扉が完全に開ききった先に。
「おせぇぞ、貴様等」
「フェンリルさん!」
扉を開けたであろうフェンリルが、そこにいた。
不機嫌気味のフェンリルの元へとナルは走り寄り、彼の顔へと勢いよく抱きつく。彼は彼女が顔にいるために何も発せず、眼だけで「離れろ」と訴える。それが通じたのか、ナルはすぐに彼の顔から離れた。
「フェンリルさんも、エアリエルンさんも、お父さんのことを聞いて来てくれたんですか?」
ナルの問いかけに頷いた彼は、ここまでの事を話し始める。
初めに事態を知ったのは、テュールがエインヘリヤル達にあの命令を出していたのを目撃したフェンリルであった。
「邪神ロキを見つけ次第、拘束しろ」
テュールの命令に、エインヘリヤル内からどよめきが起こる。その中の一人が理由を求めると、テュールは戸惑いながらも口を開く。
「彼には……、最高神オーディン殺害未遂・光の神バルドル殺害容疑が出た。それが理由だ」
その理由に愕然するエインヘリヤル達。そんな彼等にテュールは、「迷っている暇は無いぞ。さぁ、行け!」と、一喝する。エインヘリヤルはまだその理由に納得出来ないまま、テュールに敬礼し、皆散り散りに去っていった。
そして、フェンリルも。
「フェンリルから話を聞き、お二方を迎えに行こうとしていたのです」
フェンリルの話を聞いていたナルは、その命令を受けたエインヘリヤル達の姿を思い浮かべ、苦悩の色を浮かばせる。ナリは、胸のあたりをギュッと掴み、覚悟を決める。
「二人共、父さんの所まで連れてってくれ。きっと、あの庭から動いてないはずだから!」
ナリの言葉にナルとエアリエルが強く頷くと、フェンリルは兄妹の前で体勢を低くさせる。
「乗れ。馬で走るより速いぞ」
フェンリルの言う通り、馬の脚で庭を目指して走るよりも、彼の背に乗って走る方が良いだろう。兄妹は彼の言う通りに、その背に二人で乗る。
その時。
「ナリ様、ナル様!」
エインヘリヤル達がわらわらと彼等の周囲に集まってくる。
「みなさん!」
「ナリ様、ナル様。ロキ様をお探しに行かれるのですか?」
そのうちの一人の言葉に兄妹は肩を震わせながら「そう、だとしたら?」と問いかけると、彼等は剣を兄妹達に向けて構える。
「そうならば……我等の邪魔をするのなら、いくら貴方達とはいえお通し出来ません!」
「上等です! フェンリル、二人をお願いしますね」
エアリエルが一歩前へと出て、戦闘体勢をとる。
「命令すんな」
エアリエルが彼等を風で吹き飛ばして道を切り開き、フェンリルがそこを全速力で駆け抜けていく。しかし、己の課せられた命令を全うするため、それを邪魔する者を排除するため、エインヘリヤル達は彼女の風で吹き飛ばされながらも、疾走するフェンリルに立ち向かっていく。フェンリルは口から氷の息吹を吐き出し彼等の下半身を氷漬けにして、前へと進む。
それでも彼等は至る所から彼等の前へと現れ、数は増えていく一方である。そんな切りが無い状況にモヤモヤとさせている兄妹。そこに。
「ナリ様! ナル様!」
「やっっっと追いついた!」
フギンとムニンが、新たにエインヘリヤルを連れてきて、彼等の行く道を塞ぐ。
「フギン、ムニン……そこを、退いてくれ」
ナリが彼等に向かって睨みながら言い、フェンリルが威嚇するも。彼等は動かない。
「二人共、どうか、どうか落ち着いてください」
「二人がロキ様の事を心配してるのはよーく分かってる! でもね、仲間同士でこんなことしても意味ないでしょ! だから」
「それじゃあ!」
彼女の。ナルの怒気が強く含まれた声が周囲に響き渡る。
「なんで! なんでお父さんの所まで行かせてくれないの! お父さんがそんなことするはずないって、フギンさんもムニンさんも、エインヘリヤルの皆さんだって分かってるでしょ!」
彼女は悲憤のあまり、瞳を潤ませ、涙を零す。
彼女の言葉と涙に怯む彼等。その隙を突いて、フェンリルが雄叫びをあげ、エインヘリヤル達へと突っ込んでいく。巨体のフェンリルに突進をくらわされた彼等は吹っ飛んでいき、フェンリルの進行を許してしまう。
圧倒されていたエインヘリヤル達は立ち上がれる者だけでフェンリルの後を追う。その後ろ姿を、フギンとムニンが見つめていた。
「あぁ、なんということでしょう」
「ねぇ、フギン」
「なんです。ムニン」
「初めてナリ様とナル様に会った時は全然似てないとは思ってたけど……あの顔つきは、やっぱりロキ様の子供だね! あいたぁ!」
「呑気な事を言ってる場合じゃないでしょ! 追いかけますよ!」