6篇 光と弟と親友と1


「ん〜、いい朝」
「絶好の夏至祭日和だな」
 ナリとナルは客人用の家の窓を開け、雲一つない亜さの空を眺めている。そんな兄妹の後ろ姿を、共に同じ家で泊まっていたフレイとフレイヤは温かな目で眺めている。
 そんな彼等に気付いたナルは「お二人共、気分はもう大丈夫ですか?」と尋ねた。元々、ナリとナルは泊まるつもりはなかったのだが、フレイとフレイヤの様子が気にかかったナルの提案として、共に泊まったのだ。ナリとナルは、二人がまだ以前に悩んでいた物を引きずっているのだと分かってはいるものの、あえてその事を自分達の口からは聞かずにいる。
 ナルの問いかけにフレイヤが「えぇ、もちろん」と答えるものの、フレイは「ナリのいびきがまたうるさかったが。問題はない」と答えた。そんな彼にナリが怒りをあらわそうとするが、それは家の扉をノックする音によってかき消される。ナルが「妖精族の誰かかな?」と予想しながら扉に近づいて開けた。
「はーい……?」
 そこにいたのは妖精族の誰かではなく、誰かの面影に似た大人の男性が居た。その男性はナルをジッと見て、「あぁ、貴方が」と呟くと「おはよう、邪神の娘さん」
 彼から爽やかな笑顔と共に挨拶を受けたナルだが、「お、おはよう、ございます」と、彼女はその笑顔に妙な違和感と、邪神のという言葉に悪意を感じながら、ぎこちない返しをしてしまう。
「ここに、うちの子供達がいると聞いてきたのですが」
「子供、ですか?」
「お父様、おはようございます」
「こんな朝早くから、どうされました?」
 ナルの背後から現れたフレイとフレイヤは、自分達の父ニョルズに挨拶をしながら、彼女の肩を掴んで自分達の後ろへと隠す。ニョルズは自身の子供達の姿を見ると、大袈裟な声で「おぉ、我が子達よ! やはり居たのではないか! 安心したぞ」と二人に抱きついた。
「今日は良い天気だ。良い日になるぞ、きっと。それを言いに来ただけだ」
 ニョルズはただそれだけを彼等に言って、後ろにいるナリとナルに目線を向け、「邪神の子達よ、邪神ロキによろしく」と言い去って、帰っていった。父親の後ろ姿を、家族に会えた喜びの瞳ではなく、戸惑いの瞳で見つめている。
 フレイとフレイヤが互いに深呼吸をしてから同時にナリとナルの方へと振り返る。その瞳は、決意の色をしていた。
「ナリ」
「……おう」
「前、余の質問に答えてくれたことがあっただろう」
「……おう。二人共、まだ悩んでるのか?」
 ナリの問いかけに、彼等は首を横に振る。
「答えは出た。正しいのか間違っているのか、まだ確証出来ないが……」
「正しかった場合、その先が気がかりなだけよ」
 フレイヤの寂しげな笑顔にナルが声をかけようとしたものの。
「それじゃあ、妾達は先に仕事へ行くわ」
「またな、二人共」
 フレイとフレイヤは、ナリとナルを残して行ってしまう。結局、彼等が何を抱えていて、正しいのか間違っているのかを悩んでいるのか、最後まで分からないままで、ナルは落ちこんでしまうものの、そんな妹の頭を兄が優しく撫でる。
 そんな彼等の耳元に大きな風の音と翼がはためく音が入ってくる。それを聞いた二人は今まで暗かった表情がどんどんと明るくなり、その顔を見合わせて共に外へと走り出す。
 先程よりも小さくなっているものの、微かに聞こえる音と風の方向へと進んでいくと、ひらけた場所に竜の姿のままのファフニールと彼の上から降りているロキの姿があった。
 彼等の名をそれぞれ呼ぶと、ロキとファフニールが兄妹の存在に気付き、返事の代わりに手を上げる。二人の元へ辿り着いた兄妹。そんな中、ナルはキョロキョロと誰かを探す仕草を見せる。
「あれ? お母さんは?」
 ナルの疑問にナリも気付いたのか、「珍しい。一緒じゃないのか?」とロキへと問いかける。それに対し、ロキは肩を大きく上下に跳ね、「あぁ……えっと、だな……」と目線を右往左往させている。
「シギュンは……疲れさせてしまったから、ちょっと遅れてくる」
 ロキは妻の名前の後の言葉はとても小さく、兄妹もギリギリ聞こえる程の物で、答えが曖昧という点もあって兄妹の頭に疑問符を浮かんでいるかのような表情を見せている。そんな間、ロキの後ろにいたファフニールは、彼を半開きの目でジッと見つめている。
 そんな彼の表情に気付いたロキは、わざとらしく咳払いをし、「ほら、そろそろ皆の所に行こうぜ」と歩みを進める。
「ファフニール。シギュンをよろしくな」
「まかせい。時間までには運んできてやる。またここでな」

◇◆◇

「よう、ロキ」
「エッグセール」
 ロキと兄妹が夏至祭の会場へと辿り着き、互いの仕事へ向かおうとしている時、エッグセールがフェンリルとエアリエルと共に彼等の元へと近いてくる。
「おはようございます、皆様方」
「エアリエル、朝起きた時に来ないからどうしたのかと思ったけど、エッグセール達といたのか」
「フェンリルさんもおはようございます。森のお仲間さん達と会ってたんですか?」
「あぁ、はよう。まぁ、そんなところだな」
 兄妹が互いの相棒達に朝の挨拶を交わしている間、エッグセールがロキの傍へと寄って耳打ちをする。
「ロキ、夏至祭が始まる前に話がしたい。いけるか?」
 それに対し、ロキは黙って頷き、兄妹達にバルドルへ「少し遅れる」と伝言を頼み、別れてロキとエッグセールは森へと入る。
「で? 話って?」
 周囲に人がいない事を確認し、エッグセールは話を切り出す。
「巨人族の事だ」
「! 新しい情報か?」
「あぁ。夜中に巨人族が……神族の誰かと話している姿を、うちの狼共が見つけてな」
「神族が? 話してた奴はどちらも誰か分からない、か。内容もか?」
「あぁ。見てたところも遠い場所ではあったからな」
 ロキが彼女の言葉に悩んでいると、「話は変わるが」と新たな話を持ちかける。
「エアリエルから聞いた。誰だったんだ? 伝言を送ってきた奴は」
 先程、彼等がなぜ一緒にやってきたのかが、これで理解が出来た。
 昨日よりは自分の中で気持ちの整理が出来ていたロキは、それでも断片的に、ノルンが自分にだけ話した事以外、オーディンとバルドルとの前で話した事のみをエッグセールに話した。エッグセールは彼の話を聞いて、先程の彼と同じように苦しげな表情で悩みだす。
「このことは?」
「いや。まずは……父さんに話を聞こうと思う」
 父に、炎の巨人の王、スルトに。ノルンが自分の名前である『ロキ』と名付けるように教えたスルトに。彼女の事を聞かなければいけない。
「今、そいつの事をよく知ってるのは……きっと、父さんだから」
 全ては、そこからなのだ。名付けられた、その場所から。
「そこで分かった事を合わせて……シギュンや、バルドルに。……話さなきゃ」
 彼の覚悟。それは、これからも愛おしくて大切な者達と楽しく幸せに暮らしていく未来の為の、覚悟である。
 しかし。
「いやああああああああああああああああああああ」
 その覚悟は悲鳴によって掻き消される。悲鳴は夏至祭が開催される中央広場から聞こえた。ロキとエッグセールはその声のした方へと走っていく。
 中央広場では、夏至祭が始まる寸前であったからか、多くの者達が集まっていた。その群衆はある一点に集まっている。中には泣いているものや「どうして、誰が」と叫んでいる者もいる。一体何があったのか。あの中央で何が起こっているのか。
 分からないのに、ロキの頭には嫌な予感がよぎる。
 ロキは冷や汗を頬に垂らしながら、荒れる息を吐き出しながら。
 前へ、一歩一歩、歩き出す。
「あっ……!」
 そこで、オーディンが泣いていた。
 彼は血にまみれた者を抱えながら、彼の名を叫び、泣いている。
「バル、ドル」
 そこにいたのは、血に濡れたバルドルだった。