4篇 家族の愛9


 ナリは挑発にのりながらもデタラメな戦い方ではなく、その挑発に対する苛立ちを力に変え、戦いは白熱していく。そんな姿に、観客席に座る者達の歓声にも熱が更に入っていく。
「ナリらしいな」
「ナリらしいわねぇ」
「ナリくんらしいね」
「ナリくんらしいわ」
「兄さん……はぁ」
 そんな中、ナルだけは父からの挑発にまんまとのってしまっている兄の姿に呆れて、手で顔を覆う。
「あらあら。二人共、楽しそうねぇ」
「楽しそうって……また呑気な事を」
 母の言葉にも呆れた態度をとるナルであったが、そんな母に「ほら、ちゃんと二人の顔を見て」と言われたため、覆っていた手をどけて彼等の表情に目を向けると。
「……そう、だね」
 二人の身体には大きな怪我はないものの、服は所々破け、顔や腕の傷が目立ち始めているのだが。ロキは満面な笑みを振りまいて戦い、ナリも表情は怒りではなく彼自身も口元を緩めていた。
「まったく、何をやってるんだか」
 バルドルも彼らの様子に呆れていると、隣に座るオーディンは「いいじゃないか」とニコニコと笑みを浮かべている。
「ああやって、親子でじゃれあうのもいいものではないか」
 オーディンの言葉に、バルドルは「……そう、ですね」と悲しげに呟いた。
 それから数分間、剣同士がぶつかり合う鈍い音と魔法同士が打ち消し合う音が鳴り響く中、再び濃い煙が二人の姿を見せなくする。
「チッ。またかよ。エアリエル、もう一度」
『は、いっ! ナリ様! 背後に!』
「っ!?」
 ナリはエアリエルに声をかけ、煙を吹き飛ばすために剣を振ろうとするも、それは背後からの殺気によって止められる。煙の中から燃えさかる炎の剣がギラリと光り、その剣先はナリの目の前へとやってきた。
 剣で受け止めることは出来ず、体を捻ってその場から転がり逃げる。横髪を少しと頬の傷程度で済み、態勢を立て直したナリはすぐさま鬱陶しい煙を剣を大きく円を描くように振り切ると、煙もまた一つの大きな円描きながらグルグルと空へと飛んでいく。
 煙はようやく消え去り、ナリはロキを見る。
「ボクは、君とは違って真っ直ぐな奴じゃないんだよ。戦いだって、相手の隙を狙えるならなんだってする。……昔もそうだ」
 ロキの話を、ナリはじっと聞く。
「ボクはさ、かっこいい父親でいたいんだ。けど、それは過去が邪魔をする。かっこ悪い、ボク。それでも……これに勝って、聞きたいか?」
 ロキは弱々しい声で聞くと、ナリはおろしていた剣を再びロキへと向ける。
「それでも、だ。かっこいいとこはもちろん大好きだけど、かっこ悪いところも、きっと好きになれる。だって……俺達、家族だし」
 微笑んで言うその言葉に、ロキも萎れていた顔に笑みを零し、同じように剣を彼に向ける。互いに何も言わず、ジリジリと前へ前へと足を進めていき、自然と初めの位置へと戻る。
 そして。
「「ーーッ」」
 魔法も何も使わない、己自身の力のみの、最後の一振り。
 ぶつかり合い摩擦を起こす音、地面へと物が落ちる音、二つ。
「……」
「……」
 ナリの剣は彼の手から離れ落ち、その衝動で彼の身体は体重と共に後ろへと流れ、そのまま剣と共に地面へと倒れる。そんな彼の喉元に、ロキは剣先を突きつけた。
 これが、この決闘の終わりを示すもの。
「そこまで!」
 鍛錬場に、凛とした声が響く。
「この勝負、ロキの勝ちとする!」
 フギンがそう叫ぶと、鍛錬場全体が揺れる程の喝采や拍手が溢れるも、二人の耳には互いの乱れる息しか聞こえず、ナリは緑色の瞳をロキは銀色の瞳から目を逸らさずにいる。
 そんな二人に、宝石から戻ったエアリエルが声をかける。
「ナリ様、ロキ様」
 彼女の声にロキが「……あぁ」と炎の剣を消してナリの傍から離レテ騒いでいる観客席へと目を向けると、ナルと目がパチリと合う。彼女は口をパクパクさせて「ありがとう」と言ってきているように、ロキは見えた。それに対し、彼も口をパクパクさせて「どういたしまして」と返した。
「ナリ様?」
 エアリエルの不安げな声音に気付いたロキは、目線を再びナリ達へと向ける。ナリだけは彼女が何度呼び掛けても床から離れず、腕で顔を隠してしまっている。
「起きろよ、ナリ」
 彼はまだ起きない。
「……君は本当にお寝坊さんだな」
 ナリの傍へと戻り、彼は優しい声音で話しかける。今まで戦った相手にではなく、愛する子供に対して。
「なぁ、ナリ。その顔に置いてる邪魔な腕どかして、観客席見てみろよ」
 ロキの言葉にナリは少し間を開けながらも、ゆっくりと腕を少しだけどかして、視線を観客席へと向ける。騒がしい観客席の声をよく聞いてみると。
「ナリ! よくやったー!」
「ロキ様によく立ち向かったぞー!」
「鍛錬の成果、出てたぞー!」
「今日はお疲れ様反省会するぞー!」
 どの言葉もナリを励まし、称えるものばかりであった。
「皆のために、早く立ったらどうだ?」
 ナリは唇を噛みしめながら、ゆっくりと立ち上がる。腕に隠された顔はギュッと眉間にシワを寄せて、感情が溢れ出さないように抑えているかのように見える。そんな彼の表情をエアリエルはオロオロとどう声を変えるべきかと狼狽えているが。
「なんだ、泣くか?」
 ロキはスパッと言い放った。
「……泣かねぇよ」
 ナリは弱々しい声でロキの言葉を否定する。しかし、彼の言葉を無視してロキは、にやぁと悪戯な笑みを浮かべながら両腕を大きく広げる。
「泣くなら胸ぐらい貸してやるぞ? なんてったって、ボクは君の父親なんだからな!」
「だーかーらぁぁぁ! 泣かねぇって言ってんだろ!」
 弱々しかった声は、彼らしい強気な声へと戻った。その返答にロキは大笑いしながら、ガシッと彼と肩を組む。
「それならシャキッと立て! 自信満々だったのに負けて、しょんぼりな姿なんて見せちゃ男が廃るぞ?」
「う! る! さ! い! は! な! れ! ろ!」
 ナリはロキから離れようとするも彼はそれを許さず、笑いながら抱きつく力を強めていく。
「くっそぉ! 余裕な顔しやがって! 苛々する!」
 歯を剥き出しにして怒りを向けるナリに、ロキは尚笑いながら更に感情を逆撫でたいのか、彼の頭をぐしゃぐしゃに撫でくりまわし始めてしまう。
「わぁーーーー! やめろ!」
 ナリは叫びながらロキの腕を自分の頭から離そうともがいている。それでも、ロキは彼の頭を撫でるのをいつも通りやめず。
「……ナリ」
 彼の名を呼ぶ。
「あぁ?」
 ロキの声は先程のふざけたようなものとは違って、凛とした、父が子への想いを込めた声で。
「強かったよ」
 父親のその言葉を聞いたナリの表情は、怒りのものからだんだんと緩んでいき、口元がどんどんとにやけていく。が、バチンと自身の頬を思いっきり叩く。彼の突然の行動に驚き目を丸くさせるロキに、ナリは拳を突きつける。
「今度こそ! 今度こそ『まいった』って言わせてやるからな! 父さん!」
 その言葉を聞き、ロキも同じようにナリに拳を突きつける。
「おう。言わせてみろ! ナリ!」
 互いに向けた拳を、満面な笑みでぶつけ合った。