4篇 家族の愛6


 皆がその日の疲れを癒すべく休息する、月が見守る夜中にて。鍛錬場から昼下がりにしか聞こえないはずの、県の混じり合う音が聞こえていた。
「……」
「……っと」
 ナリとフレイだ。彼等は夜中にたった二人で、だだっ広い鍛錬場を独占していた。フレイは何も話さずただひたすらにナリを見据えている。しかし、ナリはそんな彼に違和感を抱えていた。昼に会った時と同じ、いつもの煩い彼と違う雰囲気を感じ取っていたのだ。
 ナリはそんな気持ち悪い感情にとうとう嫌気がさしたのか「あーもう!」と鍛錬場に響く程の大声を出す。彼の突拍子もない行動に、フレイは肩を跳ねらせる。
「なんだイキナリ!」
「休憩だ! こんな状態でやってられっか!」
 ナリがズカズカとフレイの傍から離れるのに対し、フレイが「はぁ!? 何を勝手に」と怒声を放つも、ナリも反撃で「はぁ!? はこっちだっての!」と怒声をナリは鍛錬場の場外へとドカッと座り、その隣を叩いた。
 フレイに隣へ座るようにと促しているのだ。その誘いにフレイは、鍛錬を中断された苛立ちを治りきらぬままそこまで歩み寄り、彼の隣へと座る。
 フレイが座ると、ナリは「で?」と不機嫌気味にフレイに話しかける。
「……で? とは」
「なんかあったんだろ? 話せよ」
 ナリがそう言ったものの、フレイは少し間を開けながら、深い深い溜息を吐き、手で顔を覆う。
「……馬鹿なナリに話しても意味ねぇよ」
「あー! 言いやがったな! 別に解決するなんて誰も言ってねぇだろ! 聞くだけ! 聞くだけだ! 誰かに話すだけで気が楽になるとかあるだろ。俺がそれになってやるって言ってんだよ」
 ナリが勢いよく話したことに、フレイは「なんだそれ」とほんの少しだけ笑う。けれど、その言葉が効いたのかフレイはナリの方へと顔を向け「じゃあ、聞くけど」と話し始める。
「ナリ。ナリは……もし自分の大切な人が何かをしようとしていたら。それが、正しいことなのか間違ってることなのか分からなかった時。……どうする?」

◇◆◇

「ありがとう、ニーズヘッグさん」
 ナリとフレイが鍛錬に勤しんでいた頃。
 ニヴルヘイムから帰りはニーズヘッグに乗ってアースガルドへと戻ってきたナルとフェンリル。ニーズヘッグは彼女の言葉に頷きで返し、静かに夜空へと飛び立っていった。その後ろ姿に手を振っていると「ナル様!」と彼女を呼ぶ声がする。
 ナルが声のする方へと顔を向けると、そこにはエアリエルとフレイヤが居た。
「お帰りなさいませ、ナル様」
「ただいま、エアリエルさん。……フレイヤさん、お久しぶりです」
 ナルが優しく笑いかけると、フレイヤは弱々しく「えぇ、久しぶり」と返した。ナルも兄と同様にフレイヤのいつもと違った様子に違和感を抱え始める。それを察したのか、エアリエルはフェンリルに耳打ちをすると、彼はわざとらしく咳払いをする。
「女。報告は明日でもいいから、今日はもう休め。じゃあな」
「ナル様、ナリ様はフレイ様と一緒に鍛錬場で待っておられますよ。では、私も今日はこの辺で」
「は、はい! 分かりました。二人共、おやすみなさい」
 二人に夜の挨拶を交わしたナルは、再びなぜか元気の無いフレイヤの方へと目線を戻す。
「……フレイヤさん。私、今日は携帯食しか食べてないんですよ」
「? お腹、空いてるの?」
「はい! もうお腹と背中がひっつきそうなぐらいに!」
 ナルの言葉にフレイヤは「ふふっ」と先程よりも朗らかさが加わった笑みを浮かべ、「じゃあ、お夜食作ってあげる。調理室に行きましょ」とフレイヤは彼女の手を握って、足早に調理室へと向かう。

 そして、当然ながら誰も使っていな買った調理室で、フレイヤは鼻歌をしながら、牛乳や細かく切った野菜の入った鍋をじっくりコトコト煮ていく。
 ナルが「何を作ってくれるんですか?」と聞けば「クリームシチュー。パンは付けてあげる」と楽しげな口調でフレイヤが返す。ナルは「やったー」と彼女の料理をいまかいまかと行儀よく座って待っていた。
「フレイヤさん。完成までまだかかりますか?」
「えぇ、お肉があるからね。まだかかるわ」
「それじゃあ……折角の料理が焦げない程度に。お話、しましょう。フレイヤさんの、悩んでること」
 今まで楽しげな表情をしていたフレイヤの顔が、嫌なことを思い出したかのように暗くなる。それでもナルは止まらない。
「ほら、誰かに話せばスッキリすることもあると思いますよ」
 ナルの言葉にフレイヤは彼女の目を見てゆっくりと頷き、鍋を気にかけながら口を動かす。
「ナル。ナルは……もし自分の大切な人が何かをしようとしていたら。それが、正しいことなのか間違ってることなのか分からなかった時。……どうする?」

◇◆◇

 同時刻。
 フレイがナリに。フレイヤがナルに。
 違う場所で、同じ言葉で彼等に問いかけた。
 そして、ナリとナルも同じタイミングで口を動かす。
「「傍にいるよ」」
 その答えをすぐに理解できず、フレイとフレイヤは同じように「「傍に?」」とその言葉を繰り返す。
「うん。傍にいて、その人がどうしたいのかを自分の目で確かめる」
「傍にいてやって、正しければそれでいい。けど、もし間違ってると思ったなら、そこで止めてやればいいのさ。全力で、な!」
 ナリが、ナルがそれぞれの言葉で同じ事を。フレイに、フレイヤに話した。
「「これで、答えはでそう?」」
 その問いに対し、フレイとフレイヤは同じように考え込みながらも、その表情は先程までよりも晴れているように、ナリとナルは感じていた。
 フレイとフレイヤは。
「あぁ。ありがとうナリ」
「えぇ。ありがとうナル」
 互いにナリとナルに礼を述べ。
「「きっと、家族はそうあるべきなんだ」」
 ある決意を胸に宿すのであった。