4篇 家族の愛2


「そういえば」
 そのままホズの部屋で世間話をしていると、ナリが豊穣の兄妹について話を出した。
「フレイとフレイヤはどうしたんだろうな」
「トールさんが、何か言っていたけれど……」
 そんな兄妹の疑問に、ホズが「それは」と口を挟む。
「それは、親子喧嘩だよ」
 「親子喧嘩?」と兄妹はその単語に、先日二人が父親に会いに行くことを話していたのを思い出した。きっと、その時に喧嘩をしてしまったのだろうか、と兄妹は考える。
「その事に関しては、まだ二人には何も聞かない方がいい。まぁ、二人が君達を避けるかも」
「どうして」
「どうしてって……。……。いくら友達でも、今は話したくない事とかは、あるだろ?」
 ホズはナルに対して優しく微笑み、今度はナリに向かって言葉をかける。
「ナリ君は、そんな事よりも自分の事を考えるべきじゃないかな。もう二週間もないでしょ? ロキとの決闘の日」
 ホズにそう言われたナリは「それもそうだけど」と少し友の状況について悩むも、「君達が悩んだって仕方ないよ」とホズに再度押される。
「話をしてくれるまで待つのも、友達というものでしょ?」
 そんな彼の言葉にナリは納得し、立ち上がれば「よし!」と自分の頬を叩き気合いを入れる。
「そんじゃ行こうぜ、エアリエル! じゃあな、ホズさん」
「うん、行ってらっしゃい」
 ホズが手を振り、ナリとエアリエルが部屋から出れば遅れてナルも部屋から出ようとする、が。
「あの、ホズさん」
「? なに、ナルさん」
 ナルは少し戸惑って「いえ何も。失礼しました」と言って部屋から出ていった。

 彼女が出ていくのを見守ったホズは、再び贈り物のお菓子に手を付ける。
 それを口に放り込み。
「考えも」
 一噛み。
「行動も」
 一噛み。
「何もかも」
 一噛み。
「甘くて、優しい。欲しかった物」
 ゴクリ、と飲み込み。
「でも残念」
 彼は、見えないはずの、光が灯らないはずの瞳で。
「もう、何もかもが遅いんだ」
 その贈り物を睨んでいた。

◇◆◇

 鍛錬場にて、ナリが兵士達との準備運動と称した体術鍛錬に励んでいる間、エアリエルとお守り係のナルは共に兄の様子を見守っていた。
「私、嫌な奴だなぁ」
「どうかされましたか、ナル様」
「えっ! ……私、口に出してましたか?」
「えぇ、ハッキリと」
 ナルの無意識に発言してしまった言葉に対しエアリエルが声をかけると、ナルは唸ってしまう。そんな彼女の様子に溜息を吐き「ナル様」と優しく声をかける。
「最近の御二方はよく悩んでいらっしゃるようですが、あまり思い詰めてはいけませんよ?」
 そんなエアリエルの言葉にナルは上手く受け止めきれず「それは、そうなんですが」と再び彼女は俯いてしまう。
「お母さんに、お父さんの過去の事を知りたいと話したら」

『過去ってね、大切な人だからこそ知りたくなるもの。好きな人の事はとことん知りたいじゃない? 仕方がないこと。なんだけれど、ね。大切な人だからこ知って欲しくないのも過去なの。ロキや……私も。ナリなら、エアリエルさん。そして、仲の良いホズさんも。皆、別に貴方達に意地悪をしているんじゃなくて、貴方達に悲しい顔をしてほしくないから言わないのよ。それだけは、分かっておいてね』

「と、言われてしまいました」
「……」
 エアリエルは自分の名前が出たことに少し驚きながらも、ナルの話に耳を傾けている。
「でも、兄さんの言葉を借りるなら……私達は全てを知って、隣に居たいんです。知らなくていい事もあるのかもしれないけど、知らなきゃ、隣に居るようで居ない。そんな寂しい気持ちになってしまうんです」
 そんな彼女の言葉にエアリエルは「私も」と彼女の肩へともたれながら話し始める。
「ナリ様に同じような事を言われた事があります。彼の記憶から消した、私とナリ様との出会い。彼は、それを思い出せない限り、私と向き合えていないように思える、と。そう言われても私は……彼に話せなかった。オーディン様に止められているからではなく、自分が話したくなかった、自分が自分の過去を嫌っているから」
 エアリエルがナルにそう話している間に、ナリの鍛錬が一先ず終わったのか、彼は二人に向かって笑顔で手を振る。そんな彼に、エアリエルも笑顔で手を振り返した。
「自分の過去が嫌いなのに、大切な人に話して、受け入れてもらえてしまったら、きっと私は私を赦してしまいそうで……怖いんです。これはきっと、他の方もそうなのかもしれません。誰かに話すということは、赦しを得る事と等しい場合がありますから」
 エアリエルはナルから離れ、ナリの元へ行く為に空中へと優雅に浮かぶ。
「だから私達。過去を嫌う者達に話を聞きたいなら、話してくれるまで待っていてください。それもきっと、一種の愛だから」
「……愛、ですか」
 エアリエルの答えにナルは首を傾げると、その答えを出したエアリエルはなぜか顔を赤らめながら「まぁ、ちょっとした言い訳といいますかそうであって欲しいという願望といいますか」とあわあわとしながら、彼女は「では!」とナリの元へと飛んでいってしまった。
 そんな彼女の慌てようにナルは「ふふっ」と笑ってから、再び彼女の答えを口にする。
「愛、か。それなら昨日のアレも」
 ナルは昨日のフェンリルの様子を思い浮かべた。何か危機が迫っていたのか怖い顔をしていたが、ナル達には何も話さずロキにだけ話した。それは、自分達には手が負えず危険だから、守るためにそうしたのだろうか。と何も話してくれない彼の考えを勝手に彼女は解釈した、が。
「それでも、話すぐらいはしてくれないと……寂しいや。あーあ、……矛盾だなぁ」
 現実と理想と。
 感情がモヤモヤと廻る胸をぎゅうと握りながら、ナルは外へと目をうつす。
 彼女の心とは真逆で、空はずっと雲一つない快晴であった。