「は? 俺達も」
「お茶会に、ですか?」
ヴァルプルギスの夜から数日、兄妹は共に昼ご飯を食べに行く途中に、トールからフリッグのお茶会に誘われていた。
「そうなのよ! フリッグ様のお茶会。どうかしら?」
兄妹はその誘いに対して眉をひそめる。
「別に……どうって言われても、なぁ?」
「うん。……それに、今回は他の女神等がいるのでは? それだと私達は……周りの人にどう思われるか」
そんな彼女の発言にトールはナルの肩を強めに叩き、「んもう! そんなの、貴方が気にすることじゃないのよ!」と励ました。
「それに、こう言ったら貴方達が気にするだろうから、言わないでいようと思ったけれどね。これはフリッグ様からの命令なのよ」
「フリッグ様から?」
「ええ。お話がしたいらしくってね」
兄妹はその事を聞き、互いに目を合わせ、少し考えてから頷いた。
「分かった。茶会に参加するよ」
◇◆◇
「あれ?」
そうしてお茶会の時間となり、トールと共に庭園までやってきた兄妹。しかし、その庭園にはフリッグしかいなかった。
「あの、他の方々は?」
「他の女神達には、明日のお茶会に案内したの。だから今日は、貴方達兄妹とトールだけ。本当は、貴方達と仲が良いとされている、フレイとフレイヤも呼んだはずなのだけれど……?」
フリッグがトールに問いかけると、「彼等は何やらたてこんでいるようで」と返した。その答えに納得したフリッグは頷き、「さぁ、座って頂戴」と兄妹に席へ座るように促した。
兄妹はそれに従い、兄妹と彼女は向かい合う形で座る。兄妹はまだ緊張した様子でいるが、フリッグは兄妹に微笑みを向けている。
フリッグの傍に居た名もなき女神が給仕係となり、フリッグ、兄妹、トールの分の紅茶を注いでいく。テーブルには可愛らしいクッキー、カップケーキが置かれている。
「さて、どこからお話を聞かせてもらおうかしら」
「あの」
「なぁに?」
ナルは少しモジモジしながら、「今日は何故私達の話を?」と問いかければ、フリッグは「ふふふ」と微笑みを返す。
「そんなの貴方達の事が気になっただけよ。だって、あの邪神の子供なんだもの」
そんな彼女の言葉に、兄妹は肩をピクリとさせる。
彼等はその言い方に慣れていなかった。慣れてはいけないのだ。父が、慣れてしまった代わりに。
「どのように我が夫に認められ、神族になったのか詳しく聞きたいと思っていたのよ。それに、あのフレイとフレイヤとも仲が良いと聞いたわ。そのあたりも、ね」
兄妹はフリッグの願いに乗り気ではなかったのだが、仕方なく交代で話していく。フリッグは彼等の話を笑ったりしながら聞いていた。フリッグが求めた兄妹の話は終わり、その区切りで紅茶を一口含む。
「ふぅ。予想以上に面白い話を聞かせてもらえて満足よ。とても楽しませてもらえたわ、どうもありがとう。……それにしても、貴方達家族は仲がとても良いのね」
「そう、でしょうか。兄はいつも父には喧嘩腰ですが」
「むっ」
フリッグはそんな彼等に対し「そういう所が羨ましいわ」と悲しさを交わらせた声で呟いた。それを聞き逃さなかったナルが「なぜ、そう思うんですか?」と恐る恐る問いかける。
そんなナルの質問に、フリッグは表情を曇らせていく。しかし、だからといって彼女は彼等に叱咤するわけでもなく、口を動かす。
「……貴方達も、見ていたら分かるように。夫はこの世界の最高神。父である前に夫である前に、あの方は頂点に立つ者。家族という関係に、物語の中にある家族や、貴方達のような家族になるのには、遠くかけ離れている。……だから、羨ましいのよ」
そしてフリッグは小さく「私も、四人で」と呟いた。
その言葉を聞き逃さず、ナルは勢いよく立上り「あの!」と彼女には珍しく大声をあげた。
「フリッグ様は……後悔していますか?」
その問いかけに首を傾げるも、トールとナリはその質問の意に気付き、慌て始める。
「もし違うなら、それはそれでいいです。貴方の中にあの方の存在が消されていても。何も私は貴方に向けません」
フリッグはまだナルの言っている事が分からず、戸惑っている。それでもなお、ナルは彼女に感情をぶつける。
「でも! 本当は、その事を聞いた時からずっと! ずっと。なんで、どうしてって。怒りが湧きました。これはあの方が嫌がる同情であるのだと分かっていても、そう感じずにはいられませんでした。……もし、もし、ほんの少しでもあの方の存在があるのなら」
ナルはフリッグを見つめ、フリッグとナルをまっすぐと見つめる。
「何か、言葉をくれませんか?」
ナルは決してフリッグから目を逸らさずにいれば、彼女は「そう、ね」と残りのお菓子がのった皿を眺める。
「お菓子は……好きなのかしら」
彼女は笑う。
「……。えぇ、お好きですよ」
「あら。なら私に似たのね。実はね、これ全部私の手作りなのよ」
まるで、母親のように。ここに居ぬ、彼に向かって。
◇◆◇
「まさかナルがあんなこと言うだなんてなー」
「もういいでしょ、兄さん」
「あら、私がお付き添いしていない間に、面白いことでもありましたか?」
兄妹はお茶会後、トールと別れナリとナルが受け取った贈り物を、ホズへ届けに彼の部屋へと向かっていた。その行く道すがら、茶会への参加を拒否しナリの傍を離れていたエアリエルが、彼等の元へと戻ってきていたのだ。
「エアリエルさんもいいですから……!」
ナルは彼等のいじりに反発しながらも、少しだけを俯き気味に「よかった、よね?」と呟いた。
「私、つい感情的に話しちゃったけど。ホズさんにとっては、やっぱり迷惑だったかな」
ナルの不安げな様子にナリは「そう、だな」と天井をみながら呟き、彼女の頭に手を置いた。
「ナルがそうしたいって願ったなら、それでいいんじゃないか? だって、ナルが怒ったのもそうしたいと願ったのも、全部ホズさんのためだろ? そりゃ、父さんにも同情するなって言われたし、ホズさんもそれを嫌ってて。この行動も、同情の一種として思われるかもだけどよ。……それでも、これに意味が無いことはねぇって、兄ちゃんは思うよ」
「……うん。ありがとう、兄さん」
兄妹がそう話しているうちに、ようやくホズの部屋へと辿り着いた。ナリがコンコンと扉を叩けば「どうぞ」と中から彼の声が聞こえた。その声を合図に扉を開け、「お邪魔します」と言って入る。
「どうかしたの、二人共」
ソファで読書をしていたホズにナルは近付き、彼の目の前に贈り物の包みを置いた。ホズは漂う匂いに鼻をくんくんとさせ、匂いを嗅ぐ。
「甘い匂い。お菓子のおすそ分けをしに来てくれたの?」
「はい。けど、今日は私が作ったものじゃなく。ある方からのものです」
ナルは包みを開けて、そこから一つクッキーを一枚取り出し、ホズの手へと渡した。その匂いを嗅ぎながら、それを一口かじった。
ホズはその一口をゆっくりと味わい、優しい笑みをこぼした。そんな彼の顔を見て、兄妹もつられて微笑んだ。