光と共に、目の前にいるニーズヘッグが甲高く耳が痛くなってしまうほどの声をあげながら苦しみだす。ニーズヘッグが苦しみに暴れるその背中には、光り輝く槍が刺さっていた。その槍はニーズヘッグの身体の内から黒い靄のようなものを吸い取っていた。そんな武器の傍に、ある者達が降り立つ。
「まったく。女の子に対しての礼儀がなっとらんの。一度躾けた方がよいかもしれん」
「オーディン、どれだけ動物買う気だ? まずフギンやムニンに嫉妬されるぞ」
「まずコイツを神の国に連れていくことを反対してくれロキ」
オーディンは「そうじゃなぁ」と笑いながら、その手に槍――グングニルを掴み、ニーズヘッグの身体のさらに奥へと突き刺す。ニーズヘッグは痛みで身体を強張らせ、だんだんと苦しむ声は小さくなり、地面へと倒れこむ。完全に倒れたことを確認したオーディンはグングニルを引き抜き、ナルの傍へと降り立つ。
「よっ、と。ナルちゃん、大丈夫だったかの?」
「……えっ、あっ、はい!」
「うむ、それは良かった。さて。バルドル、ロキ」
オーディンは笑顔で。
「女王ヘラを止めなさい」
戦闘態勢を取る二人の名前を呼び、命令する。
「かしこまりました。お父様」
「あぁ、いっちょやってやるさ!」
バルドルは黄金の光を纏った剣を構え、ロキは己の手に炎を宿す。
そして足を蹴り上げ、一直線にヘラの元へと走る。途中ナリと戦っていた使者が二人を阻もうとするも、それはロキの炎によって一掃される。再び地面から使者が出てこようとするが。
「「遅い」」
『――っ!?』
出している間に、二人は女王ヘラの目の前であった。
バルドルが手を上げると、無数の光の矢がヘラを地面へと張り付け身動きを取れなくする。
《コルムナ・フランマ》
ロキが唱えると、彼女の張り付けられた地面から炎の柱を出現させる。ヘラがもがき苦しむ所にオーディンが現れ、再びグングニルを構える。
《テネブーランス・トラーイキエース》
オーディンがそう唱え投げると、グングニルは金色に輝きそのままヘラの心臓に向かって突き刺さる。突き刺さった瞬間、槍の切っ先から黒い靄がぶくぶくと溢れ出し、槍に吸収される。そして完全にそれが吸収され、ロキの炎柱も消え去ると、先程まで暴れていたのが嘘かのように、ヘラはぐったりと倒れた様子でそこにいた。
「「……」」
これは全て、一瞬であった。
その一瞬に、全ての緊張の糸が解け、その場で膝をつきながら、兄妹はその光景に、ロキとバルドルの姿に目を奪われていた。
「女王! 女王!」
ガルムはヘラが元に戻ったのだと思い、女王の名を叫びながら彼女の元へと走り、彼は眠っている彼女の傍でずっと「女王、大丈夫ですか、女王ヘラ!」と何度も涙ぐみながら叫ぶ。
「ガルム落ち着け。今はきっと気を失っているだけだろう。そっとしておけ」
フェンリルは慌てるガルムを落ち着かせてから、女王の傍へと集まってきたロキ、バルドル、オーディンへと顔を向ける。
「助かった。ガルムの代わりに礼を言わせてもらおう」
「女王ヘラは死の国にとっても大事な存在じゃしの。無下にはできん。……それで? ヘラがなぜこうなってしまったのか、何か手掛かりなどはあるのかの?」
オーディンの問いかけにフェンリルは頷き、先程兄妹達にもした内容を話す。その話の中で巨人族が出てきたことに対し、オーディンは酷く驚く。
「なんと、あの巨人族が。しかし、それならばどうやって彼女にその薬を渡したのかが気になるの」
「彼女が巨人族との接触をしないという約束を破る者ではないはず。きっと、巨人族が何かしらの手段でここまでやってきて、彼女にその薬を使った、か」
「けどよ、ここに来るならあの番犬の目をすりぬけなきゃいけないと考えれば、かなり難しいぜ? まぁ、全部あの彼女が覚えている限りで教えてくれればいいんだけどよ……あとは、その薬って物とそれが巨人族で作っていたものかどうかの証拠がない限り、アイツ等を追い詰められない」
「……ロキ。貴方がエッグセールさんから聞いていた巨人族の企みとはこの事なんだろうか」
「さぁ。そうであったとしても、これだけじゃ終わらないだろ。エッグセールやアイツにも色々と話を聞こうにも、詳しくはまだ分かってないみたいだし」
「あの、皆様」
エアリエルが小声で難しそうな顔をする彼等を呼びかける。なんだろう、と彼等がエアリエ
ルの方へ顔を向ける。
「あっれ? いつの間に」
「まぁ、大変だったものね」
「ふむふむ、良い顔じゃ」
皆が見たその光景は、兄妹がエアリエルの傍で眠ってしまっている姿であった。
「急にナリ様も私が姿を解く前に眠ろうとするし、ナル様もいつの間にか倒れて眠っていて」
「こんな所でよく寝れるものだな」
「いいじゃないですか。さっ、二人分は流石に重いので、フェンリルはナル様を支えてくださいな。なんなら帰りは二人を背負って」
「雑用扱いをするな」
「主を運ぶのに雑用も何もないでしょう!」
「コイツは俺様の主じゃないぞ!」
「でも今の関係は似たようなものでしょうが!」
「あー、おい。ナリとナルが起きちゃうからそこで喧嘩するなよ」
突然喧嘩しだしたエアリエルとフェンリルに一喝与えたロキは、頭上が煩い状況にも関わらず気持ちよさそうに眠っている兄妹に近付き、その顔を少し眺めてから優しく頭を撫でる。
「お疲れ。ナリ、ナル」
◇◆◇
死の国の出来事から、一週間が過ぎ――試験当日。
鍛錬場には以前の模擬戦よりも多くの兵士達が観覧席を埋め尽くしている。その他にも神族
ではトールやテュール、兄妹に興味のある者は端の方で観覧している。今回は特別にシギュンも自分の子供たちの活躍を見るべく、トールとテュールの隣で座っている。
その近くの玉座に、オーディンとバルドル、ロキがいた。
「まったく。あの死の国の案件でわしは認めると言ったんじゃがなぁ」
「いいだろ別に。ナリとナルがそうしたいって言ったんだ。ちゃんと見届けてやれよ」
「ロキの言う通りかとお父様。それに、それではフレイとフレイヤは認めませんよ」
皆の視線が集まる鍛錬場の中心で、豊穣の兄妹と邪神の兄妹が戦いの合図を待っていた。
「死の国ではよくやったようだね。ナリ、ナル」
「けれど、妾達から一本取らなければ妾達は認めない!」
「えぇ、そうだろうと思ってましたよ」
「だから俺達はここにいるんだからな!」
邪神の兄妹ナリとナルは、ニカッと満面の笑みを彼等に向けて、こう言った。
「「さぁ、勝負をしよう!」」
◇◆◇
「……」
ホズは窓を開け、騒がしい外の音を聞いていた。
「そうか、今の時間はナリとナルが……」
ホズは闇しか映さない瞼の裏で、ある言葉を思い返していく。
『お手紙見てくださっていて、嬉しく思います盲目の神ホズ。率直にお聞きしますが……貴方は憎くないのですか? なんの事かと。そんなもの貴方自身が一番分かっているでしょう?』
ホズの部屋へと近づく足音二つ。
『愛されていて。自分に無い物を全部持っていて。輝いていて。まるで光のようで』
「「ホズさん!」」
兄妹がボロボロのまま、ホズの部屋へと入ってくる。
『これは我が王からの伝言です。盲目の神ホズ。我々と手を組んで』
「「勝ったよ!」」
『全てを壊してしまいましょう』
兄妹は輝かしい笑顔に対し、ホズは優しく彼等に嗤って見せる。
「そうか。……これからが楽しみだね」