「君達が見習いとしてここに来てから随分と時が経った」
「去年、貴方達に戦いを申し込んだがそれは叶えられなかった。けれど、模擬戦とはいえ今こうやって実現出来て嬉しいわ」
多くの外野がざわめく鍛錬場の中心には、豊穣の兄妹と邪神兄妹が向かい合っていた。
豊穣の兄妹はとても楽しそうに話しているもののその言葉を向けている邪神の兄妹は、豊穣の兄妹とは真逆の不安な面持ちをしている。そんな邪神の兄妹の様子を見て、豊穣の兄妹は楽しげな顔から一変し不機嫌な顔となる。
「おいおい、もしや我等と戦うのが嫌なのか邪神の兄妹」
「酷い、酷いわ邪神の兄妹。我等はとても楽しみだというのに」
「お前らはな! 嫌なわけじゃねーけど、楽しめるわけないだろ!」
「いくら模擬戦とはいえ、本試験と同じ相手。しかも、お二人が相手だなんて」
そう、今からするのは神族の仲間入りをする為に強さを魅せる試験、その相手である豊穣の兄妹フレイとフレイヤからの提案で、邪神の兄妹の力量を見てみたいとの事で模擬戦をする事となり無理矢理邪神の兄妹は鍛錬場まで連れてこられたのだ。
外野が多いのは、ちょうど鍛錬をしていた兵士達がいたからであり、その兵士達によって「今から豊穣の兄妹と邪神の兄妹が戦われる」と広まり、兵士やほんの少しだけ神族も鍛錬場の端で様子を伺っている。最初に試験について話を持ち出したオーディンはというと、鍛錬場の観覧席でニコニコと笑いながら鍛錬場に漂う緊張感などを感じて、楽しんでいる。
邪神の兄妹が緊張しているのだと分かった豊穣の兄妹はため息を吐く。
「ちょっとちょっと緊張だなんてやめてちょうだい! そんな状態では本番が思いやられるわ、ねぇフレイ兄様」
「あぁ、そうだね我が妹よ。ナリ! ナル! 戦う前にいいことを教えてやろう。緊張をするのを恥じる事は無い。緊張とは戦いにおいてとても大事な感情だ。しかし、それは己自身の戦いに対する気を緩めぬためのものだ。君達が感じている恐怖の緊張など、戦いに不要だ! さぁ、今すぐにそんなものを捨て、そして構えろ! 模擬戦とはいえ、全力で来い! 我等は君達の今の力を魅たいのだから!」
フレイの剣とフレイヤの杖が邪神の兄妹に向けられる。
フレイの言葉が邪神の兄妹に響いたのか、互いに顔を見合わせて大きく頷き合うと、豊穣の兄妹の方へと向き直り、それぞれの武器を構える。
「エアリエル!」
「はい、ナリ様」
ナリの剣にエアリエルの力が宿り、ペリドットが輝く。
ナルの杖についた宝玉の光が揺れ――彼が突如として現われる。
「っ。フェンリルさん!?」
蒼き氷の狼の登場に鍛錬場にいた者達は自身の目を疑った。
「なんだ女。杖を貰った日にイキナリ実戦とは、随分と貴様らしくない。どうせそこの馬鹿な兄に巻き込まれでもしたのだろう」
「てめぇ後で覚えとけよ」
『フェンリル、これは向こうにいらっしゃるフレイ様とフレイヤ様によって急に決まった事ですので、ナリ様は関係ありません』
「ふん、なるほど。断りきれなかったわけだな。ならば俺様も共にいてやろう」
「……ありがとうございます」
フェンリルはナルと話終えると、豊穣の兄妹に向かって「異論はあるか?」と問うた。突然の彼の登場に驚いていた彼等は再び構えの姿勢を取りる。
「いいでしょう。妾も似たような事をしますしね」
フレイヤ杖で床を数回叩くと、三つの波紋が現われそこから彼女の使役する猫が出てくる。猫達はフェンリルに向かって、自慢の爪をたてながら睨んだ。
「では。どちらとも準備はよろしいか!」
立会人であるフギンが大声を上げる。
「これより! フレイとフレイヤ対ナリとナルの模擬戦を行う!」
フギンの漆黒の片翼が上がり。
「はじめ!」
片翼が下げられ、模擬戦が開始された。合図と共に、フレイの剣が黄土色の光に包まれる。
「さぁ、お手並み拝見といこう」
フレイは剣先を地面に向かって刺す。光は地面に伝わり、うねりながら邪神の兄妹の元へと辿り着く。すると、光の通った場所が異様に盛り上がる。そこから、二本の太い根が姿を現す。その根は太く、それをぶつけられでもしたら一溜りもないだろう。
「いけ」
フレイはその根を邪神の兄妹の元へと向かわせる。図体の割にスピードが速い。
《ナウシズ》
一本はナルの力で動きを封じ込める。残る一本はフェンリルの口から吐かれた青い炎により、氷漬けとなる。
《イムプルスス・ウェンティー》
ナリは剣を斜めに左右剣を振り、そこから緑色の風が現れそれは鋭い刃となって、木の根を二本とも切り刻んだ。
切り刻んだその先の光景は。
「うん、斬れ味は良さそうだ」
「――っ」
フレイが切り刻まれ落ちていく根の間から、ナリに向かって飛んでくる。口元に笑みを浮かべながら、切っ先をナリに向けて。ナリは彼の一撃を剣でなんとか受け止める。
受け止めたものの、手は痺れ、そのまま跳ね返すことは出来なかった。
「あっぶねぇなぁ!」
「実剣だしね。あぁ、でも余を跳ね返せないのは残念だな。力加減でいえばまだほんの少しだというのに」
「くっそっ!」
ナリは余裕たっぷりなフレイの笑みに怒りを感じ、口に出す。
《ウェスティオ・ウェンティー》
ナリの剣に緑色の光が纏われていき、その力と共に足を踏ん張りフレイの剣を振り払った。
「まだまだぁ!」
フレイとフレイの一騎打ちをしている横では。
「守りにしか徹しないナル。まだまだ技の種類が少ないのかしら。さぁてと、それはいつまで耐えられるかしらね?」
「――っ」
フレイヤの持つ琥珀の宝玉のついた杖から放たれる、黄土色の玉がナルの護りの膜を打ち破ろうとする。ナルは歯を食いしばりながら、それに耐え続けた。
しかし、限界というものは存在する。膜に小さなヒビが入る。
「ニャー!」
「くそ、この猫野郎が」
フェンリルはナルの加勢をしたくとも、白猫三匹が一つとなった大猫によってそれは何度も阻まれる。野太い声で猫は鳴く。
「蒼き狼もたいしたことないニャー! 戦わずにぐうたらしてたから勘が鈍ったんじゃないかニャー?」
「ああん!?」
大猫とフェンリルは互いに睨み合いながら、身体をぶつけ合う。
「あはは、あの子達ったら楽しそう」
「……」
「さっ。私達ももっと遊びましょ?」
「――っ!」
今までよりも大きな黄土色の玉が現れる。ナルはヒビが入った膜を解除する。
《ナウシズ》
「――あらっ」
フレイヤの腕をナルのお呪いで詠んだ物で縛りつけると、彼女の手から杖が離れた。が、宝玉は丁度天井を指し、玉は天井へと放たれた。それによって天井が破壊され、その瓦礫が四人の元へ落ちてくる。フェンリルは大猫を力ずくで振り払い、ナルの元へと走り彼女を守る態勢となる。ナリも風の力で護りの態勢となる。しかし、豊穣の兄妹は全く慌てることなく、涼しい顔で落ちてくる瓦礫を見つめている。
フレイは再び剣先を地面に刺すと、無数の場所から先程のような木の根が何本も出現させる。根は天井へと勢いよく伸び、落ちてくる瓦礫を全て粉々に砕いてしまった。
そんな光景に気を取られてしまった邪神の兄妹。そしてそれが。
「「戦ってる最中に、何処見てるんだい/見てんの?」」
「「――っ!?」」
彼等の隙となった。
フレイは高く飛び上がり、笑いながらナリの頭上から彼の心臓目掛けて黄土色に輝く剣を突き出す。ナリは避げるよりも受け止めるという選択肢を出すも、その手は震えている。
《エイ――》
ナルが彼にお呪いを詠もうとしたが、それは最後まで詠ませては貰えなかった。
それは、細長く鋭い根がフレイヤはいつの間にか抜け出し、彼女の喉元を捕らえる。
そしてフレイの剣がナリの剣とぶつかる。
「うっ――」
頭上から落ちてきた彼の力の重さにナリは片膝をついてしまい。
「やぁっ!」
「――っ!」
剣を手から振り払われてしまう。離れた瞬間にその剣を取ろうと手を伸ばすも、首元に冷たい殺気を感じ、動きを止めた。フレイの切っ先が、彼の首元を捕らえていたから。
「「はい、おーわり」」
フレイとフレイヤはとても晴れやかな勝利の笑みを浮かべながら、彼等に向かって告げた。
負けた、ナリとナルに向かって。
豊穣の兄妹が剣と杖を納め戦闘態勢を解くと、息を飲んで観戦していた兵士達から拍手が起こり、四人に賞賛が送られる。それに対して豊穣の兄妹は笑顔を振りまきながら答えるものの、邪神の兄妹はまだその場から立てずにいた。
「コホン」
そんな拍手はオーディンの咳払いによって鳴り止む。皆の視線がオーディンに集まる。
「フレイ、フレイヤ。ナリ、ナル。良い戦いであった。ナリとナルの力や戦う様子も見れてわしは満足じゃ。ナリとナルは今回負けてしまったが、本番の試験では彼等から一本取れるよう、鍛錬に励みなさい」
オーディンの言葉に対し、フレイとフレイヤはそのまま頭を下げ、ナリとナルは姿勢を正して膝まずき頭を下げた。オーディンは満足気に笑みを浮かべ、フギンとムニンと共に鍛錬場を出ていく。
ナリはオーディンが出ていくのを見届けてから立ち上がると、一度大きく深呼吸をしてから
「フレイ!」と叫ぶ。
「はいはい、こんな近くにいるんだからそんなに叫ばなくったって聞こえるよ。まぁ、余の名を呼びたいのなら存分に呼んで」
「もっかいだ! もっかい戦うぞ!」
「……はぁ。ナリ、まさかとは思うけどもう一度余と戦うということかな?」
「あぁ、もちろん」
「ナリ。これは模擬戦だ。負けたからといって試験に失敗したわけじゃないんだから、そう熱くなるな」
「なんだよ。やるのかやらないのかどっちだよ?」
「どちらかと言えば、やり足らないからやりたいがやらない」
「ややこしいな! というか、なんでだよ!」
「いやぁ。そんな立つのもやっとな程の体力でやっても意味がないって事さ」
「っ……」
そうフレイに言われて、ナリは口を噤んでしまう。ナリの額にはまだ汗が止まらず流れ、彼の言うように立つのもやっとな状態だ。それを、負けたことによる悔しさを糧に今は立てているようなもの。そんな兄に、フェンリルの手を借りてやっと立ち上がったナルが傍に寄る。
どちらの表情も暗いものであった。
「だからそう悔しがることないのよ。ナリ、ナル。まず経験からして妾達の方が上の上の上なんだから」
「そうさ。当然我等の方が実力は上だ」
フレイはしたり顔で言い切った。しかし、その表情はすぐに消えて、暗く真剣な顔となる。
「ナリ、ナル。友として一つ言わせてもらおう。……神族の仲間になるのなら、それ相応の覚悟をしておけ」
「覚悟って?」
「巨人族と戦う覚悟さ」
「でも、巨人族とは今は戦うことなんて」
「馬鹿ね。あの巨人族がこんな平凡で刺激のない日々を続けるわけがないわ! きっと何か企んでいるに違いない。私達はそれに備えなければいけない」
豊穣の兄妹は邪視の兄妹に向かって。
「「だから、強くなれ。待ってる」」
強い想いを込めて、そう言った。