雪が降ることも今までに比べれば少なくなってきたユグドラシルに二月がやってくる。
巨人族との会合が終わってからは、これといった大きな行事も無く、この世界に住む者たちは平凡な日常を過ごしていた。それは兄妹達も例外ではなく。いつも通りナリとエアリエルに見守られながら、早朝からナルとフェンリルが精神統一に励んでいる。
「ふぅ……今日の分終わり」
「以前よりも格段と魔力が上がってきているね。いい子いい子」
「エッグセールさん」
ナルが今日の分を終わらせて目を開けると、目の前にエッグセールが細長い荷物を持って優しく微笑みを浮かべていた。
「エッグセールさん、連絡ぐらいしてくれれば、門まで迎えに行ったぜ?」
「いいんだよ別に、そんな気を遣わなくったって。遣うのならフェンリルの方だしねぇ」
「うるせぇ。で? 何か用があってここに来たんじゃないのか?」
フェンリルがそう聞くと、エッグセールは「そうそう」と何やら楽し気な声音で自身の持っていた細長い荷物の袋の紐を解いていく。その袋から出てくるものは一体何なのだろうか、と兄妹やエアリエルは興味津々に期待の目で紐を解く様子を見ていた。
そして、袋から出てきたのは――。
「っ! これって、もしかして杖ですか?」
それは透明などこまでも青く美しい宝玉がついた一本の大きな杖。杖はナルと同じぐらいの大きさだ。
「そう、嬢ちゃんの杖だ。嬢ちゃんの魔力が上がってきたら渡そうと思っててね」
「私の、杖」
ナルはゴクリと唾を飲みながら、美しき宝玉を一撫でする。すると、宝玉の中にある光がまるで生きているかのように揺れる。そんな宝玉を見てナルは「素敵……」とため息を溢しながら、宝玉の美しさに目も心も奪われていた。
「この宝玉はフェンリルをイメージしたものさ。貴方の中にある魔力を作りあげているのは。フェンリルの力のお陰でもあるからね。さぁ、受け取って」
「フェンリルさんを……」
エッグセールはナルに杖を渡す。慎重に丁寧にそれを受け取ったナルは、まじまじとその杖を見てから、思いっきりそれを胸の中で抱き締めた。改めて、宝玉がフェンリルをイメージしたものだと聞くと、冷たい印象を抱きがちな青ではあるが、その中で揺れる光はとてもあたたかく感じるとナルは思った。
そんな嬉しそうな様子のナルにフェンリルは不思議そうな顔をする。
「……そんなに嬉しいか?」
「はい。杖って、少し憧れだったので」
「嬢ちゃんの力は言葉だけで済ませられるから別に杖なんていらないのだろうけれど、杖を通してもっと力の使い方が増えるかもしれないしね。神族とて、武器を使って技の種類増やしておるし」
「なるほど。私、頑張ります!」
「うんうん、その調子だ。これからもフェンリルと一緒に頑張りなね」
「……ん? おいエッグセール。俺様はまだ女の世話をしなければいけないのか?」
フェンリルが眉をひそめながら尋ねると、彼女は逆に「え、いやなのか?」と驚いた様子でそう質問を質問で返した。
「別に嫌ではないが……あまりここに居続けても嫌がる奴等がいるだろう。この女の得になるとも」
「私は」
フェンリルの話を遮るように、ナルは少し寂しげな表情を見せながら、言葉を重ねる。
「私は、フェンリルさんとこれからも一緒にいたいです」
「……」
「けど、これは私の我儘のようなものです。ですから、無理にとは言いません。フェンリルさんの気持ちが最優先で」
「……分かった」
「はい?」
「だから女! 貴様の我儘を聞いてやると言っているんだ!」
「本当ですか!? ありがとうございます! あと、そろそろ私を名前で呼んでください!」
「断る」
「もう、なんでですか!」
フェンリルがあっさりとナルの思いを聞き入れたことに、エッグセールは喜び、ナリとエアリエルは苦笑する。
◇◆◇
「へぇ。それは、それは。フェンリルには悪いけれど、良かったじゃないかナルさん。杖も貰えてフェンリルとこれからも一緒にいられるなんて」
ナル達の今朝の出来事を聞いたテュールは、ここに居ないフェンリルを思い浮かべながら、悪戯な笑みでそう言った。
ナルは杖が貰えた事、フェンリルが自分の傍にこれからも居てくれる事が本当に嬉しいようで、テュールに話している間はずっと彼女の周りに花を散らしたような満面な笑みを浮かべている。
「フレイヤさんみたいな立派な杖を私も欲しいなと思っていて。だから願いが叶ってとても嬉しいです」
「そういえば、おれはまだナルさんの力について完全に理解出来てないのだけれど、神族の魔法とはまた違うのだったかな?」
「そうですね。兄さんとエアリエルさんの力は神族と同じ分類でしたけれど、私の場合これは魔法ではなく魔術という分類らしいです」
魔法とは体内の生命エネルギーを自身のイメージによって属性をつけて繰り出す力である。火、水、土、雷、風、光が今分かっているだけの属性だ。ナルのような呪文は必要無いのだが、イメージをより強めるために技の全てに名前を付ける者が殆どである。
ナリの場合、エアリエルに宿る自然の力は自身の力ではないものの契約しているからこそそれはナリの力とも言えるため、分類はそちらになる。
ちなみに、魔法が使える種族は神族と魔法と同じ分類となる力を持つ一部の者達だけであり、魔法を使えない者達はそれ以外の魔法と同等する取り柄を持っているか、本当に何も持っていないかのどちらかにこの世界は分類されるのだ。
「ほう。魔術とは」
「「「「っ!?」」」」
突如、部屋の扉方向から興奮気味な声を出す者が現れる。
「オーディン様っ!」
テュールがソファから勢いよく立ち上がり、それに合わせて兄妹達も立ち上がり、オーディンに頭を下げる。フギンとムニンを連れてやってきた最高神オーディンは「面を上げよ」と彼らに命ずる。
「いきなりすまんなぁ。お主達に話したいことがあって来たのだが、随分と興味深い話を聞いたからのう。つい立ち聞きをしてしまったわい。エッグセールにも色々と聞いておったが、その報告はまだじゃったしな」
「オーディン様、世間話はその辺にして」
フギンがオーディンにそう促すも、彼はあまり乗り気ではなさそうな顔をする。
「むっ、まだ他に兄妹と話したいのじゃが。まだ彼等の未知なる力とか」
「先に要件を話してからです」
「うぅ、それでもどうせ話す時間作ってくれんのじゃろ? 作れてもかなり先だとか」
「オーディン様、よくお分かりで!」
「お主等なぁ、酷い、酷いぞ!」
この中で一番年齢が高いはずだと言うのに、この中で一番子供のような態度をとるオーディンに、部屋の皆は苦笑する。
オーディンは改めて咳払いを一つ。
「わしがここに来た理由は、お主達に神族の仲間入りをする試験について話に来たんじゃ」
彼の言葉に兄妹は喜びと覚悟の表情を見せる。フギンが「では私から少し説明を」とオーディンの代わりに話し出す。
「神族になるには貴方達の指導役テュールのように兵士時代に功績を上げておくこと。そして、もう一つ。強さを魅せること。試験ではある者達と戦っていただき、彼等から一本取れれば合格とし、晴れて神族の仲間入りとなります」
「期日は五月十日。君達が見習いとして入ってきた日。それで相手ってのが……」
ムニンが相手について話そうとした瞬間、扉が勢いよく開けられる。皆がそちらに目線を移すと、そこには仁王立ちでいる彼等。
「「我等が相手だ!」」
フレイとフレイヤがしたり顔でそこにいた。