7篇 敬愛の誓い5


 十二月二十五日。
 四日間もあったユールも最終日を迎える。この祭が終われば、あと五日で新しい一年がやってくる。この日が終われば再び忙しない日々がやってくることを皆分かっているため、最終日は大人もまるで子供のようにはしゃいでいる。だからこそ、異世界から来た者達は問題を起こさないのが条件であるためそのような事はないのだが、民同士で喧嘩が起こったりする為この日は一年の中で一番神族や戦乙女達は大忙しなのだ。特に問題が起きやすいのは人間の国であり、そこだけは多くの神族達が担当している。
 今回、兄妹達が担当したのは。
「さぁ、同志たちよ。準備はいいかい? さっ、杖を上に」
 場所は妖精の国の広場。そこには多くの子供達の視線がある人物達に寄せられていた。
 その人物の一人であるエッグセールは、円状に立っていた黒い服と三角帽子を被った女性達にそう問いかけると、彼女達は頷き杖を上空に向かって掲げる。それぞれの個性に溢れた杖の頂点が重なり合う。

《舞えよ、踊れよ、白き姿になりて、この声に応えよ、そなた等に命を授けよう》

 その呪文が紡がれていくと杖の先が白く光り始める。その光から現れたものに、子供達が歓声をあげる。それはまるで今も降り地面を彩る雪のように白さをした、蝶や鳥、花が子供達の周りを舞う。子供達はそれらを自分達の手に納めようと蝶や鳥を追いかけるも、どちらもヒラヒラと優雅に舞うため、なかなか捕まえられないでいた。
 それはそれで楽しいのか、子供達の顔は皆笑顔である。そんな子供達の楽しんでいる様子を彼等の親と共に兄妹とエアリエル、人型のフェンリルも暖かい目で見守っていた。
「嬢ちゃん達や、どうだったかな?」
「とっても素敵でしたよ。子供達もあんなに喜んでますし」
 エッグセールはそう褒められて「そうだろう、そうだろう」と歯を見せながら笑う。
 兄妹達の担当場所は妖精の国。この最終日にナル達がいるからと聞いたエッグセールは、ナルの事を紹介するべく異世界の友人であった魔女仲間達と共に遊びに来たのだが、このようにちょっとした魔法を子供達に披露したのだ。
「おぉ、エッグセール。もしやその子があの話していた子か?」
 老若問わず様々な魔女達がナル達の周りに集まる。
 兄妹が挨拶をすると、魔女達も一礼し二人の髪や目の色に対して興味があったのかマジマジと見つめる。その中の丸眼鏡なるものを付けた魔女がエアリエルの存在に気付く。
「珍しい魔法のようなものを使えるのは女の子の方だと聞いていたけれど……その彼の隣にいる彼女は? 貴方の使い魔か何かかな?」
「彼女は俺の契約した精霊です」
「初めまして、異世界の魔女の方々。私、風の精霊エアリエルと申します」
「ほう。精霊と契約を。それはまた珍しい」
 魔女達は彼等に穴が開いてしまうのではないかと思うほどに見つめながら、ナリとエアリエル、ナルとフェンリルとで別れるように彼等を包囲する。
 そこから「なぜそんな力を?」「一回生で技を出すところ見せてくれない?」等と、彼等に質問の雪玉をどんどんと投げていく。魔女達は勉強熱心なのか好奇心なのか分からないが、自分の知らない何かが目の前に存在している事に興奮が隠せないでいるのだ。
 それを上手く受け止められずにいるナリ達は目を回している。そんな彼等を見てエッグセールは笑いながら「順番に質問してあげなきゃ可哀想だ」と仲間達を静めた。
 エッグセールの声掛けにより、魔女達は順番に一ずつ彼等に質問を返していくのであった。

 ◇◆◇

「「疲れた……」」
 兄妹は祭用に置かれたベンチに質問攻めから解放されたため、勢いよく座り込み疲れを帯びた声と溜め息を出す。
「仕事中だってのに仲間達に付き合ってくれてありがとう、助かったぞ」
「どういたしまして」
「質問されてもまだ自分でも分からない事とか沢山ありましたけどね……」
 そう話している間にエッグセールを呼ぶ声が聞こえて振り向くと、そこでは魔女達が再び子供達に囲まれていた。その呼び声に返事しエッグセールはそちらへと向かった。
「ナル、俺達どうする?」
「うーん、私少し喉乾いたから飲み物買ってこようかなって。兄さんはいる?」
「じゃあ頼もうかな。俺はここで子供達と魔女の様子見とくよ」
「うん。フェンリルさん、一緒に行きましょ」
「俺様はここで」
「行きましょ」
「……おう」
 ナルの謎の圧にあてられたフェンリルはまだ休んでいたいという気持ちを捨てて、ナルの後について行った。そんな彼の後姿を見たナリは「いつの間にあんなナルに弱くなったんだアイツ」と呟いた。
 そうして、その場にはナリとエアリエルしかいなかった。
「魔女様の好奇心は、知りたいという欲が強く出されていて少し引いてしまいました」
「あぁ、そうだな……」
 エアリエルはナルの居なくなった場所に少しだけナリと距離を開けて座る。彼女はいたって普通に話しているのだが、ナリはエアリエルの顔を見ずに少しだけ雑く返した。
 ナリは脳内で先程のエアリエルに向けられた質問を思い返していたのだ。ある一つの質問に引っ掛かっていたから。

『こちら側なら精霊と契約を結んだりはよくやっている、とはいっても君の様な精霊と契約を交わすことはそう簡単ではないはず。だというのに、君は交わした。ちゃんとした魔力が感じられない、この青年と。一体、それは何故? どんな理由があって彼と契約を交わした?』
 あの丸眼鏡をかけた魔女は精霊専門の魔女らしく、エアリエルにずっと質問をしていた。
 契約を交わしたのはあの時、あの三人組から自分を護るため。そうであっても、彼女が自分を護るのは何故なのか。
 ナリはその不思議に思ってることに繋がることを彼女は何か喋るんじゃないかと、彼は自分に集まる魔女達の質問を聞いたり答えたりしながら、彼女のそれへの答えに耳を傾ける。エアリエルはその魔女に対してにっこりと微笑む、と。
『申し訳ありませんが、それにはお答えできません』
 キッパリとその魔女に返答した。
 答えられない、という予期せぬ言葉に魔女は慌てると「だって恥ずかしいではありませんか」と顔を少し赤らめた彼女の言葉を聞いた魔女は、何故だか俺の方を見て「ほうほう」と口元を緩ませた。

「……なぁ、エアリエル」
「はい、なんでしょう」
「さっきの質問の中でさ……あの、俺と契約した理由ってあったじゃんか」
「はい、確かにありましたね。聞こえていらしたんですか?」
「まぁ。それでさ、なんで答えられなかったんだ? ただ俺を助ける為に契約したって普通に言えばいいじゃねぇか」
 ナリがそう言うと、エアリエルは「そうですね……」と何故だか寂しそうな声を出す。そんな彼女の様子を見たナリはもう一押しとして「もしかして」と言葉を繋げる。
「俺の忘れた記憶と関係ある?」
「……ナリ様、まだ諦めていなかったのですね」
「諦めてなかったってなんだよ。大事だろ、記憶って……やっぱり教えてくれないわけ?」
 ナリが聞くと、エアリエルはナリと顔を合わせぬように顔を彼とは真逆の方向へ逸らす。ナリは「駄目か……」と諦めようとしたが、ふとテュールに言われたことを思い出す。

『ナリ君がおれ達に話したこと全部。どうして自分が過去の事を聞きたいのか、それはただの好奇心なんじゃなくエアリエル自身と向き合うためであること。きっと、ここまで話せないとなると一部は濁されてしまう可能性はあるけれど、君の知りたいって気持ちをちゃんと話せば、彼女は君の為に、少しでも話してくれるんじゃないかな』

 ナリは心の中で覚悟を決め、隣に座る彼女の名前を呼ぶ。
「ナリ様」
 彼女の名前を呼ぶ前に自分の名前を呼ばれてしまったナリは「……なに?」とエアリエルの言葉を待つ。
 エアリエルは、今度はしっかりとナリの顔を見て目を見て、ハッキリと煌びやかな笑みを浮かべてこう言った。
「今度の夜会で、一緒に踊って頂けませんか?」
「……へ?」

◇◆◇

「ナリ君背筋を正す!」
「はいっ」
「もっと滑らかに! まだ動きがぎこちない!」
「はいっ!」
「いっ」
「あっ、ナルごめん!」
「はい、一旦休憩~」
 テュールの部屋でいつもなら仕事をしている時間なのだが、ユールも終わり、神族は夜会の日までちょっとした休みがあった。そのため、ナリとナルはテュールの指導の下、夜会で踊るダンスの練習をしているのだ。
 しかし、女性をエスコートする側の男性であるナリが一向に上達していない。
「はぁ……」
 ナリは溜息を吐きながら、ソファに座り込む。彼がなぜダンスの練習をしている理由はただ一つ。エアリエルにダンスの相手として誘われたからだ。しかし、彼は今の今までダンスを踊る事などなかったため、「まさかのエアリエルさんから誘うだなんて! 男を見せなきゃ駄目だぞナリ君!」とやる気満々なテュールにこうやって練習に付き合ってもらっているのだ。
「そう溜息を吐きすぎるのはよくないよ、ナリ君」
「でも、俺ナルの足ばっか踏んでるから」
「足は気にしなくていいよ、兄さん」
「でも……」
「そんなに気を落とさなくても。特別下手なわけではないんだからさ。まだ練習は始まったばかりなんだし」
 ナルやテュールに慰められたナリは、少しだけ弱々しながらも笑顔を見せた。
「そういえば。ナルちゃんは誰と踊るのか決めたの?」
 テュールはただの興味本位で聞いたまでなのだが、その話題にナリは目をギラギラさせ
ながらナルを見る。ナルはそんな兄など気にせずに、「実は……」と話し始める。
「フェンリルさんに声をかけたはいいんですけど、『断る』と即答されちゃいまして」
 フェンリル。という名にナリは不機嫌な表情を見せ、テュールは呆れた顔をする。
「えーそうなのかい? まったくアイツは。うん、それじゃあそこはおれがなんとかしよう」
「えっ。なんとかって」
「いいからいいから! さっ、練習再開だ!」
 テュールが何を企んでいるのか分らぬまま、ナリとナルはダンスの練習に励んでいった。