ナリがそう叫ぶと、トールは口を尖らせて不貞腐れる様子を見せる。
「だって〜、二人共よそよそしいんだもの」
「トール様もそう思っていらしたんですね。おれも、いつもベッタリだったのに普通の距離になっていて少々気がかりでして」
トールはエアリエルから話を聞いているため、なぜ二人がそんな状態なのかは知っている筈なのだが、「そうなのよね〜」とテュールと話を合わせた。そんな二人の心配とその奥に光るちょっとした好奇心の眼差しを受けるナリは、ため息を吐く。
「別に、何もないですって」
「じゃあ、なぜあんなにいつもベッタリだったのが無くなったのさ」
「それは……あー、そういやテュールさん達には言ってなかったんだっけ……。俺、エアリエルにずっと抱きつかれてたじゃないですか。それが恥ずかしくってアイツに『抱きつくの禁止』って言ったんです。だからベッタリしてこないんすよ」
「あー、なるほど。……で?」
「え?」
「それだけじゃないだろ?」
「えっ、えーっと?」
「はい目を逸らさない」
「うっ」
と、テュールはナリの目を逸らさぬために頭を鷲掴みにする。
「ちょ、いたっ、まって、力強くないですか!? ていうか、さっきテュールさん『相談ならいつでものるから』って言ってくれたじゃないですか! あれ、俺が言える時にって事じゃないんですか!?」
「そうだよ? ほら、今話せる機会だろ? 吐き出した方が楽になる事が殆どだし、まずおれが気になり過ぎるから話して。上司命令」
「酷い! 職権乱用!」
「ふふっ、ナリくーん。あたしもテュールには賛成よー。さっさと吐き出しなさーい。見てるこっちがモヤモヤしちゃうわ」
「大丈夫。広める様なことはしない。絶対にね」
二人の、半ば強制的な状況の中でナリは再び深い溜息を吐き、「別にエアリエルとはそれだけで……」と諦めたのか、彼の抱える物を口から吐き出していく。
「これは俺だけ。俺自身の事で」
「もしかして、エアリエルさんの事を好きになったとか?」
「……」
「あれ、大当たり? やっぱりそっち路線の話?」
「まさかのあたしも予想的中」
「違う! いや、ある意味そういう話ではあるけど……」
ナリは少しの間を作ってから、再び口を動かす。
「俺がエアリエルと出会ったのは、いつだか二人は知ってますか?」
「あれでしょ。ミッドサマーイヴの前日に、精霊に連れていかれそうになったのを助けられたって。その晩にも、彼女はナリくんを護ってたみたいじゃない」
「けれど物好きな精霊だよね。出会ったばかりだというのに、護るだなんて」
「あら。どうしてそう思うの?」
「ナリ君のように精霊を見る力は希少で、彼女達の間では保護すべき神聖な存在だと聞きました。ならば彼女は仲間達と一緒にナリ君を連れていく側なのに、なぜ仲間の邪魔をしたのか」
「その事について、俺も精霊達の事を少し調べてから疑問に思えて」
「彼女とその話は?」
「アイツ、そこに関しては一切話してくれなくて。聞く度に困ったような顔をして『いつか時が来たら』なんて言うんですよね。多分、俺の忘れてしまった記憶にきっと答えがあるとは思うんです」
ナリの最後の言葉に、二人は首を傾げる。
「忘れてしまった記憶?」
「父さんからほんの少ししか教えてもらえなかったけど。俺は昔、エアリエルと会っていたらしいんです」
ナリはあのミッドサマーイヴ前日の夜の出来事を思い出しながら、二人に話した。
自分は過去に今回のように精霊に連れていかれそうになった所でエアリエルと出会っていた。けれど、その出会いは許されるものではなかったのだ。
だからこそ、自分の記憶は消されてしまったのだ。とナリは考えていた。
それを聞いたテュールはポカンと口を開け、トールは少し難しそうな顔をする。そんな二人にナリは躊躇いの様子を見せながらも、口を動かす。
「あの。テュールさんもトールさんも、本当に知らないですか? やっぱり誰かに秘密にしとけって言われてるんですか? それとも、あの三人とエアリエルだけが覚えていて、それ以外は全員忘れているとか? そんな事……いや、オーディン様ならやれるんだろうな、きっと」
「あー! ナリ君そんな暗い顔しないでくれよ! そんな顔をさせるために話を聞いてるんじゃないのに。やっぱり強制しすぎたのかな? それなら謝るからいつものナリ君に戻って!」
「うーるさいですよテュールさん! 揺らさないで!」
「だって……」
と彼には似合わない暗い表情をしながら、ナリは独り言をぶつぶつと呟く。それを見たテュールは焦りだし、彼の肩を掴み大きく前後に揺らすのを、ナリは元の元気さを取り戻しながらテュールの腕を肩から引き剥がす。
「だってじゃないっすよ、もうっ……。まぁ、今のは俺もすみませんでした」
「うん。……それでさっきの事だけれど、おれはそんな話は聞いたことは無いな」
「あたしも。ごめんなさいね」
トールは申し訳なさそうに彼に言ったが、内心(ごめんなさい、本当はほんのちょっと知ってるのよー! 言いたい、言いたいけど! これ言っちゃったらどうなっちゃうのか未知数過ぎる!)と裏では騒いでいた。
そんな彼女の心境は暴かれず、ナリは「そうですか」と落ち込んだ様子を見せ、それはさらにトールの良心を苦しませた。
「でも、ナリ君はどうしてそれを知りたいんだい? 隠されてるのが嫌だから?」
「それは勿論ありますし……ただ、エアリエルとのその時の記憶が無いことが嫌なんです」
「……ん?」
「だって、アイツはその記憶があるから思い出があるから。俺を守ってくれたし今は傍にいて俺の力になってくれてる。それが申し訳ないし、受け取る資格がない。だから、その、抱きつかれるのも嫌になってたんです」
「「……なるほど」」
テュールは彼の思いに大きく頷き。トールもまた彼と同じく頷いているが、またも心中は言うべきか、言わざるべきかと騒いでいた。
「あの、さ。こんな事言うと怒るかもしれないんだけど……いいかな?」
「……なんか気になるので、どうぞ」
恐る恐るテュールはナリから許可を貰って、その言葉を彼に告げた。
「やっぱり、ナリ君はエアリエルちゃんの事が好きなんじゃないかなーって」
「……はぁ?」
ナリは怒るというより、「言っている意味が分からない」といった顔をする。
「なんでそう皆、恋とかに繋げるんですか。俺はただこれからも契約関係でいるならって話で。まず恋とかそんなのよく分かんな――」
「あーもー!」
「「っ!?」」
突然女口調ながらも野太い叫び声を上げたトールに、二人は驚く。
「あんなラブラブな幸せを形にしたような夫婦から産まれたのに兄妹揃って鈍感過ぎない!?」
トールの言葉にナリは「えっ、なに? 鈍感? 何が?」と困惑していた。
「……はぁ。いーえ、なんでもないわ」
「なんでもよく、って! 兄妹って今言ってましたよね!? ナルにまさか――」
「あー! 忘れてちょうだーい!」
「うるさいわよ、アンタ達!」
騒ぎすぎてしまったのか、ナルの採寸をしていたストゥーラからお叱りを受け、三人は「すいません」と反省した。
◇◆◇
そして、神の国に帰って早々。
「あーーーーー」
「煩いよナリ君」
兄妹はホズの部屋でお茶を飲みに来ていたのだが、ナリは顔を手で覆いながら、鬱々としたオーラを醸し出していた。それを感じ取ったホズは、頁にいくつものブツブツが付いた本を閉じ、その嘆く彼の隣にいるナルに聞く。
「で? 今日はまた一体どうしたの彼」
「えっと、私もよく分かっていなくて……」
「そうなんだ。いつもナリ君は僕の部屋に来る時は楽しそうな声音で色々語ってくれるのに、今日はやってきて早々そんな暗い声音で溜息ばかり。らしくない。いつものように子供らしく馬鹿みたいに騒いでくれないと、なんだか寂しいな」
「ホズさん、それ褒めてんすか?」
「褒めてる褒めてる」
ホズはニコニコと微笑みながらそう言った。
「なになに? またロキにでも子供扱いされたとかその辺りかな? 収穫祭の時の賭け勝負の時は守られっぱなしで同じような声音だったのを思い出したよ」
「うぅ……頼むからそれだけはもう忘れてください」
ホズは楽しげに言うも、言われたナリは苦い顔をしながら首を大きく振る。
「そういえば、ちゃんとその事聞けてない」
そう言ったナルにナリは「そうだっけ?」と首を傾げながら思い出そうとする。
「あー、言われてみれば話してないな。ナルが耳飾り盗られたりとか、力がなんだとか。狼の国に行きたいだとか。まぁ色々あったし。てか、いいよ聞かなくて! 俺が恥ずかしい!」
「えー。なんでよ!」
話してくれない兄にナルは不貞腐れる。
「なんでもだよ。……あー、それも思い出してたら逆に腹立ってきた。俺だって戦えるのに! 父さんは心配しすぎなんだよ」
「いいじゃないか、愛されている証拠さ」
そんな怒りをあらわにする彼に対し、ホズは冷静に優しく『愛されている』を強調しながら答えた。その言葉を聞いても、ナリはまだ納得していなかった。
「愛されている、か。それでも、子供扱いはやめて欲しいですよ。俺にだってエアリエルが。……」
そう言いかけてナリは言葉に詰まった。それをホズは見逃すはずもなく、一気に彼との距離を詰める。
「ほう。さてはエアリエルさんと何かあったんだ。ほら、話してみて?」
「うっ。そんないちいち話す内容じゃ……」
「さっきまで唸ってた奴が何を言うんだか」
ホズに話せと急かされたナリは、エアリエルとの出来事や先程テュールやトールと話したことを彼にも話した。すると彼は。
「くだらないな」
「酷いな! 聞いてきた癖に!」
「だって、本当の事だし?」
「むぅ……」
先程の妹と同じように不貞腐れるような声を出す彼をホズは笑いながら「……で」と少し真剣に話を進めようとする。
「で? 最終的に君はどうしたいの?」
「どうって……俺は」
「ナリ!」
と、二人が話している部屋にある者が大きな音をたてて入ってくる。
「なんだよフレイヤ」
「今日はバルドル様との稽古は休みなんだろ? ならば、余と稽古をするぞ!」
フレイヤは入ってきて早々ナリの首根っこを掴んで、床に擦り付けながら引っ張っていく。
「なっ、ちょ、俺まだホズさんと話が」
「じゃあ、ホズ様! ナリを借りますよ!」
「うん、いいよ」
「俺は無視か! おいフレイ!」
と、ナリが怒りを見せているというのにフレイはそんな彼を一目も見ず、ただただ鍛錬場まで真っ直ぐ進んで行った。ナルもそれを追いかけるかのように、ホズに頭を下げて部屋を出て行った。そんな彼等をニコニコと微笑みながら見送ったホズは再び本を開き、つぶつぶを指でなぞる。
「『愛とは一体、なんであろうか』」