7篇 敬愛の誓い2


 それから数週間が経ち、兄妹と付き添いのテュールはファブニールの背に乗って、カンカンカンと鍛治の音が鳴り響く小人の国へとやってきていた。
 小人は兄妹それぞれの身長の半分しか身体がないというのに、神族の所有する武器や服、国の半分を有する鉱山から採れる宝石を削って装飾品を作っていたりと、かなりの働き者だ。
「ようこそ小人の国へ。今回は酔わなかったようだな二人共。安全飛行にしたかいがあった」
 ファブニールは竜から小人の姿へと変わり、今回酔わなかった兄妹に話しかける。
「おう、もう慣れたからな」
「そりゃあ良かった。なら、帰りは激しくしていいわけだ」
「待って、それは勘弁して」
「ハハハッ。それじゃあファブニールさん、恐らく数時間で終わるでしょうから。帰り、よろしくお願いします」
「お任せを」
 そうして、三人は雪道広がる小人の国へと足を踏み入れる。兄妹は初めて来る国に来れたことと、ナリはカッコイイ武器達に、ナルは煌めく装飾品達に目をキラキラと輝かせていた。そんな子供達の様子を見て微笑むテュールではあったが、彼はナリに対してこんな質問をする。
「そういえば、ナリ君。本当にエアリエルさんとは喧嘩してないんだよね?」
「……テュールさん。さっきも言ったようにこっち側はあまり空気が汚い、って言い方アレだな。えっと、とりあえず狼の国と小人の国の所はエアリエルに合った空気じゃないらしく今日は休ませてて」
「うん、そうだったね。けど、ここ最近二人の様子がおかしいと思って」
「……」
「エアリエルさんもナリ君に抱きつかないし。それでか、妙に距離を取っているように感じたからね」
「いや、別にそこまで深い意味があるってわけじゃないんですけど……。えっ、そこまで心配することですか? エアリエルが俺に抱きつかないことが?」
 ナリはナルにも「そうなのか?」と言う様な顔で語りかけると、彼女は以前エアリエルが話してくれた事を思い出しながら深く頷いた。
「うん。だって、あれこそ日常風景みたいなものだったから……普段君達に興味を持ってなかった神族達だって、その光景を見てはいたから、驚いてたんだよ?」
「えぇ……。そこまで? いや、ただ俺は抱きつかれるのが恥ずかしかっただけで……いや、でも……」
 ナリが何やら考え込む様子を、ナルはジッと見つめる。
 そんな彼を見てテュールは「頼りないかもだけど、相談ならいつでものるから」と優しく微笑んだ。
「そういえばナルさん、フェンリルはどうだい?」
 と、今度はナルに話を振り、フェンリルの事について話題を変えた。
「はい。フェンリルさん自身がちゃんと言ってくれないし、基本彼は獣の姿で一緒に行動出来ないのですけど。私の見た様子だと、特に不便もなく過ごせているとは思いますよ」
「そうか、なら良かった。彼が再び神の国に戻ると聞いて驚いたけれど、昔に比べて大人しくしているから、最初はよく似た別狼なんだと思ったぐらいだ」
「テュールさんは、フェンリルさんを恨んだりしていないんですか? その……右腕の事とか」
 ナルはそう言いながら彼のあったであろう右腕のあった空間に目をやる。テュールは
「あぁ、右腕ね」とナルの思っている物とは真逆で、彼は楽しそうに「あの時は痛かった」と自身の無い右腕の服の裾を掴み、話し出す。
「うん。恨んでなんかないよ。だってこれは、右腕を喰われる事は自分が覚悟して差し出したものだからね。フェンリルの腕に巻かれた鎖グレイプニルを繋げるために、おれは右腕を差し出したんだ」
「グレイプニル、あの鎖にそんな名前が。何か力が込められていたりするんですか?」
「ご名答。最初は狼の国で監視してたのだけれど、日に日に彼は成長していって手に負えなくなってきてね。だから神族はあの鎖を小人族に作らせた。フェンリルでさえも千切るのは不可能で、彼の力を抑える役割を持つ鎖を。そうしてその鎖で彼を縛り、神の国の牢獄に入れた」
「それからして去年、エッグセールさんがフェンリルさんを連れて行った」
「最初は反対したのだけれど、彼女は別の世界では狼の魔女と呼ばれていたみたいでね。すぐにフェンリルを鎖の力と共に手懐けて、狼の国へと行ってしまった。でもまた短期間だけだけれどこっちに戻ってきた。彼は全然落ち着けないね。……おっ、そう話している間に目的地に着いたよ」
 テュールがそう言ってある家の前で立ち止まる。そこの扉には可愛らしい飾りが掛けられていた。その飾りにナルは興味を示す。
「これ、トールさんの部屋にあるのと同じ」
「ここに頼んで作ってもらったんじゃね。そういうのも小人族はしてるって聞いたし」
 と、今の今まで口を閉ざしていたナリがそう話しかける。
「そうかもね。確か友達がって言ってたけど、小人族だったんだ」
 兄妹がそんな会話をしている間に、テュールはその扉をノックする。すると中から「はいは~い」と陽気で妙に高い声が聞こえてきた。
「はい、お待たせ……あら、テュール様! ごきげんよう!」
 扉が開けられると、そこには女性の話し方を用いフリフリの服を着ている、身体つきが男というより性別上男である小人族が現れる。そんな彼の登場に兄妹は既視感を抱きながら、自分達の目の前にいる人物を見る。その視線に気付いた彼は「あら」と声を上げる。
「もしや、そちらが」
「えぇ。今日のお客さんです。さっ、二人共挨拶を」
 そうテュールに言われて、兄妹が自己紹介をすると、彼は微笑みながら兄妹に近付き手を伸ばして握手を求めた。
「あたいはストゥーラ。ここで裁縫とか雑貨を中心に作ってるのよ。よろしくね~」
 ストゥーラから伸ばされて手をそれぞれ兄妹が握り「よろしくお願いします」と言うと、彼はそれを上下に大きく振り「うんうん可愛いわね~」と一人だけ何故かはしゃいでいた。
「こらこらストゥーラ。寒いんだから、さっさと中に入ってもらいなさいよ」
 そんな彼のテンションについていけない兄妹の前に、ある人物が家の中から現れる。
「えっ、トールさん!?」
「やっほ~。ナリくん、ナルちゃん」
「なんでトールさんがここに居るんだ?」
「私は友達ストゥーラの手伝いに来たのよ。まぁ、元々私の仕事でもあるんだけどね」
 と、いまだに状況が分かっていない兄妹にテュールがわざとらしく咳ばらいをする。
「実は今日小人の国に来たのは、君達の夜会の正装を作ってもらうためなんだ」
「「夜会の正装?」」
「そう。あと一か月程でユグドラシル一大事な行事であるユールがやってくる。その期間は、おれら神族は他国を回ったりして大忙しだけれど、その日を過ぎればようやく一休み。で、一年の締めくくりとしてヴァルハラ神殿で行う神族だけの夜会。一日中飲んで食べて歌って踊りまくる。だから君達は初参加ってことで、その時に着る服を作ってもらいにきたわけ」
「アタシがデザインでストゥーラが裁縫担当なの。ふふ、ナルちゃんのドレスデザインは前からしたかったから楽しみにしていてね」
「はいっ!」
 ナルは目をキラキラさせて、元気よくそう返事をした。ナリはというとあまり気乗りしないのかナルと違って気分が暗く感じられる顔をしている。
「さ、さ、とりあえずナルちゃんから採寸を始めましょうかしら~。さっ、こっちの部屋に」
「は、はい」
「で、ナリくんはここに座って待っていて頂戴ね」
「はーい」
 ナルはストゥーラにある部屋へと連れていかれてしまい、ナリはトールに言われた通り部屋の片隅に置かれた椅子へと座った。
「さてナリ君」
「ただ座ってるのも退屈でしょ?」
「ん?」
 すると、トールもテュールも椅子をナリの前に持ってきて座った。
「「エアリエルさんと何かあった?」」
「直球すぎやしないか」