5篇 悪戯が呼んだ目醒め5


「おい女」
「はいっ!」
 裏返った声で男に対して返事をするナル。そんな声を聞いて訝しげな顔をする男。
「……大丈夫か?」
「……だ、大丈夫、です」
 男に心配された途切れ途切れに言葉を紡ぐナルは、一度彼から目を逸らし、ゆっくり深呼吸してから、もう一度彼を正面から見て「大丈夫です」とハッキリと言った。
「そうか。で? これからどうやってそのカボチャ頭を探す? 当てはあるのか?」
「当てはありません。ただ人間の国を探し回ることぐらいしか」
「なるほど。貴様、乗り物はあるのか? あの雷神のようなものだ。ああやって空から探した方が、こんな人混みの中を探すよりは見つける確率は上がるだろうし、人を掻き分けて歩くよりも時間を有効的に使えるはずだ」
 エッグセールの独断によりカボチャ頭捜索手伝うという事になったというのに、彼は何故か文句の一つも何も言わないでいる。
彼女が主であるから逆らえないのか、それとも別に理由があるのか、そんな事をナルが分かるはずもなく。どうして彼がこうも積極的に探そうとしてくれているのか、ナルには不思議でならなかった。そしてこうして話す声は、顔の冷たさや怖さにしては少し温かみがあるとナルは感じていた。
「いえ、ありません。なので手伝ってくださる貴方には申し訳ないんですが、やはりこの人混みの中を歩いて探すしか……あの?」
 男はナルの話を聞かず、夜空を見ていた。
「あのー?」
「屋根だ」
「へ?」
「屋根を登っていく。それなら人混みよりも動きやすい。女、屋根は登れ……いや、愚問だったな」
 男はナルの下半身のスカート姿を見て、首を振る。
「屋根を登るぐらい出来ます!」
「無理すんな。落ちんなよ」
「へ? きゃっ!」
 男はナルの許可なく彼女の身体を横抱きに持ち上げ、少し路地裏へ入ってから地面を一蹴り。
風の音と共にナルと男の身体は上へと跳び、すぐ近くの屋根に着地する。ナルは突然の事でであったものの、男の言う通り落ちぬように彼の首元へ手を回し必死にしがみつく。
 そんな彼女に対し、男は先程エッグセールがしていたようにナルの匂いを嗅ぎ始める。
「まっ!?」
「むぐっ」
「いきなりなんですか!? なんで嗅いでるんですか!?」
 ナルは怒気を含んだ声でそう言い、彼の顔を手で抑え自分から離れさせる。
「貴様の匂いが耳飾りに付いてるはずだから、覚えようとだな……」
「ならちゃんと何をするのかぐらい最初に言ってください! ビックリするので!」
「……善処する」
「……。それで、降ろして頂いてもいいでしょうか?」
「なぜだ?」
「だっ、だって。これは、その……恥ずかしいので」
 ナルが小声でこの横抱き状態を下にいる住民達が見ている状況が恥ずかしく、耐えられない事を伝えるも、男は首を傾げる。
「だが、貴様はこんな所を歩けないだろ。ならば俺様が乗り物代わりとなって貴様の足になってやる方が色々と効率がいいだろ」
「そういう話じゃなくて、私は恥ずかしいんです! 見てますから! 皆見てますから!」
「俺様はこの運び方の方が楽だ。それじゃ、俺様は匂いを追うから女は下にそのカボチャ頭がいないか見ておけ」
「私の話を聞いてください! というか、私の名前はナルです!」
「……そうか」
「むぅ……あの、貴方の名前は?」
「……勝手に呼べ。どうせ今日までの付き合いだ」
「勝手にって……」
 男はナルの事などもう気にもとめない様子を見せ、必死に匂いを辿りながら走り出した。
 ナルは男との会話とこの状態の恥ずかしさのせいで既に身体は疲れきっているのだが、首を大きく振ってその疲れを忘れるようにし、下の人混みを捜索する。

 そうして、ほんの少し時間が経ち。
「見つけたぞ」
「え?」
「カボチャ頭だ」
 男が指さした先にいたのは、ナルが探していたカボチャ頭の男の子が悠々と屋根を歩いている姿であった。
「あっ、あーーーー!」
 カボチャ頭を見つけた驚きで声を出してしまったナル。その大声で身体を跳ね上がらせたカボチャ頭がこちらを振り向く。
「っ!? なっ、お姉さん!?」
「見つけた! さっ、耳飾りを返して! そして、ご両親の所に帰ろ!」
 カボチャ頭は舌をべーと出して彼等に挑発すると、屋根を全速力で走り出した。
「待ちなさい!」
「追うぞ」
 男の声がナルの耳元で囁かれる。
「しっかり捕まってろ」
「……はい!」
 ナルが再び彼の首元にギュッと強く捕まるのを確認した男は、再び一蹴り。
 その一蹴りで風のような速さで、カボチャ頭と地面越しに並走する。そんな彼の素早さにカボチャ頭は「なんなんだよお前ー!」と叫んでいた。
 だんだんと男の方がカボチャ頭を追い越すと、ピタリと足を止め。
 刹那。
「飛ぶぞ」
「ん?」
 屋根から飛んだ。
 飛んだ先はカボチャ頭の居る屋根の方へ。間にかなりの幅があるにもかかわらず、男はカボチャ頭の目の前へと飛び降りた。
「ひっ!」
「追いかけっこは終いだ、小僧」
「さっ、帰ろう」
 男は冷たく言うも、ナルはその逆で優しく彼に話しかける。しかし、それでカボチャ頭の少年は不機嫌な雰囲気を纏っており、屋根の上だというのに足をじたばたとさせる。
「いーやーだ! おいらはまだ遊ぶの!」
 カボチャ頭はどこからともなく小さなカボチャが先端についた杖を取り出す。
 攻撃を仕掛けてくるのかと、男は身構える。

《トリックオアトリート》

 カボチャ頭がそう呪文のようなものを唱えると、カボチャが煌びやかに光だし、そこから現れたのは……。
 コツン。
「いてっ。……飴?」
 ナルの額に当たったのは、小さな可愛らしい紙に包まれた飴玉であった。
 それはどんどん。
 コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン。
 量を増していき。
 コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン、コツン!
「撤退! 地味に痛くなってくる!」
「同感だ」
「こら逃げるなー!」
 異常な飴玉の多さに翻弄されたナルと男はそこから逃げ出すと、何故かカボチャ頭まで追ってきてと。先程とは逆の立場となってしまった。
 逃げ続けて、二人は広場へと降り立つ。飴玉はまだまだ出されており、多くの子供達がその飴玉を拾っているため、その広場の周囲には子供達がたくさんいた。
「ようやく追いついた! ほら、もっと遊ぼう!」
「遊ばん。女、降りろ。小僧は俺様が引き受ける」
「あの、相手は子供なのであまり乱暴には」
「手加減はするさ。気絶させれば連れていきやすいだろ」
「……なるほど」
「お姉さん、意外と考えが暴力的じゃない? 納得しないでよ。というか、遊ぶならお姉さんがいい!」
「小僧の意見など聞かん」
 彼のアンバーの瞳が輝くと、彼自身の手がジワジワと凍り始める。彼はその手を力強く握り一つの氷柱を作り上げた。それを見たカボチャ頭は悲鳴をあげる。
「ちょ!? そんなん当たったら痛いじゃないか!?」
「あぁ、痛いな。しかし安心しろ。痛くとも瞬間で氷漬けになる代物、だ」
 男が投げた氷柱を避けたカボチャ頭。そのカボチャ頭が居た場所は氷柱が消え一瞬でそこに氷が張った。
 カボチャ頭は男に任せることにしたナルは、周囲にいる子供達をこの傍から離れさせた。
 そして、全員を広場から離れさせ一息つく。
「これでなんとか大丈夫……」
「あっ、飴玉!」
 けれど、一人の女の子だけナルの隣を走り抜けたった一つの飴玉の元へと行ってしまう。
「えっ!? ちょっと待って!」
 ナルはその子を追いかける最中、一気に顔から血の気が無くなった。
 カボチャ頭が避けた氷柱が、女の子の元へと行っていたからだ。それを男も分かっていたが、彼の距離からはそれを止めることは出来ない。
 出来る希望を持つのは、ナルだけだ。
 手を伸ばしても走っても、女の子の傍にはまだ遠く、氷柱は止まることを知らず。
「お願い! 届いて!」
 ナルは願った、祈った。
 守ってあげたい、とお呪いを唱えた。

《エイワズ》

 それは、母から受け継いだお呪い(チカラ)。