屋根には先程から聞いていた子供の声をした、にっこり顔のカボチャ頭の男の子がいた。その手に、ナルの耳飾りを持って。
「コレを返して欲しかったら、おいらと遊んでよ!」
ナルは慌てて自分の右耳を触って耳飾りが無いことを確認し、一気に顔を青ざめる。
「お願い、返して!」
「だ、か、ら! 遊んでくれたら返すって。じゃあ、今からおいらは逃げるから捕まえてね。範囲はこの人間の国全域!制限時間は時計の針が重なる時! おいらを捕まえられなかった
ら、返さないから頑張ってね〜お姉さん」
「えっ、ちょっと、まっ!」
「はい、よーい……」
時計の針が二十一時を指す。
「スタート!」
男の子は屋根伝いを走っていってしまう。周りにいる住民やナルはそんな様子を呆然と見ていたが、彼女はすぐに正気に戻り人混みの中へと走り始めた。
「待った!」
「うっ――」
のだが。
トールに首根っこを掴まれ、無理矢理止められてしまう。
「もう! ナルちゃん駄目でしょ? アタシから離れたら。そうそう、さっきのカボチャ頭ね、報告によると――」
「トール様」
「なによ〜。まだ報告してない事でも?」
「いえ、そうでなくてですね……邪神の子供の首が」
「あっ」
神族が指差す先には、ナルがじたばたと動いている様子であった。
「ナルちゃん! ごめんなさい!」
トールはすぐにナルの首から手を離し、瞬時に謝りながら抱きつきにいく。
ナルは咳き込みながら「大丈夫ですから、離してください」と訴えた。
「で。あのカボチャ頭君がどうかしたんですか?」
ようやくナルがそちらの話題へと逸らせると、トールは「そうなのよ!」と手を叩く。
「あのカボチャ頭。どうやら客人のお子さんらしくってね。宴がつまらなかったのか、人間の国に親に何も言わずに来ちゃったみたいなのよ」
「じゃあ、尚更捕まえないと!」
「そっ。アンタも他の神族にカボチャ頭の男の子を捜索するように伝えてちょうだい」
トールの命令により、先程やってきた神族が敬礼をして走っていった。
周りにこの異様な事態を見ていた住民達は、「神族が動くなら問題無いだろう」と互いに言い合って、また楽しい祭へと戻っていった。
「さっ、ナルちゃん。仕事始めるわよ〜、と言いたいところなんだけど」
トールは大きく肩を落とし、頭をかく。
「あの子、人間の国全域って言ったわよね? 一日とまではいかないけれど、制限時間内に国中を探し回れる訳が無い。人数がいたとしても難しいわよ」
ナルはいつも自分の耳にあるものがない感覚に落ち着けずに耳を弄りながら、人間の国にある時計塔に目を向ける。時刻は二十一時を少し過ぎ、制限時間まで三時間を切っていた。
そんな彼女を見てトールは首を振る。
「ごめんなさいナルちゃん。最初から諦めたように言っちゃって。安心して、ちゃんとあのカボチャ頭を捕まえて耳飾りを返して――」
「おんやぁ?」
ねっとりとした声がナルとトールを捕らえる。そんな声に二人は背筋をゾクッとさせて、そろりとその背後を振り向くと、そこにいたのはとんがり帽子を被った紫髪としわしわな紫目をした老婆がいた。
「エッグセール!」
「エッグセール?」
「元々異世界の住人でね。一年前にこっちに永住しに来たの。あの鉄の森に住む物好きな魔女。森に棲む狼達を手懐けてるのよ。あと……アイツを引き取ったのもこの魔女よ」
「っ。この人が……」
ナルの疑問にトールが小声ですかさずナルにエッグセールについて教えた。
鉄の森とは狼の国の別名。その森には狼の群れが棲んでいるのだが、この魔女はその群れと共にいるのだ。
その話を聞いたナルがエッグセールを見ていると、彼女は首を傾げる。
「はて。トールの隣にいるかわいこちゃんは一体誰かな?」
「はじめまして。神族見習いのナルと言います。よろしくお願いします」
ナルが緊張しながら自己紹介をすると、老婆はナルに穴があいてしまいそうなほどに身体全体を見たり、匂いを嗅いだりした。そんな老婆の行動に驚くナルだが、そんな彼女を放って「ふむふむ、そうかそうか」と一人で何か納得する老婆。
「あの」
「あんた、ロキの娘か」
「え。なんでそれを」
ナリとナルは髪色や瞳の色は母親譲りであり、外見からはあのよく目立つ橙色の髪をしたロキの子供とは言われなければ分からない。神の国では彼等が国へ初めて行く前から、邪神の子供としてその外見については広められていたため、知っている者が多かった。
しかし、他国でも広められているとはナルも思っていなかった。
「匂いさ。親子だもの、匂いが似てるもんなのさ」
「匂い……」
予想外の言葉にナルは自分の身体を匂ってみるも、特にこれといった匂いが分からず首を傾げる。
「おいエッグセール」
と、今度はエッグセールの背後から冷たい声が聞こえた。
視線を少し上へ上げると、そこには青髪に鋭いアンバーの瞳をした体格の良い男性がそこにいた。前髪を上げているため彼の顔がよく見えるのだが、眉は逆八の字、目は細く鋭く、不機嫌そうな顔をしていてナルの第一印象は「なんだか怖い人」と決定してしまう。
「急に離れるな。こんな人混みじゃ貴様の匂いを見つけるのも一苦労な、ん?」
その男はナルを見るや否やジッと睨んだ。
ナルは何故彼に自分が睨まれているのか分からず、トールの陰に隠れた。
「あらあら。ちょっとエッグセール。その顔はいいけど、目は零点な奴どうにかしなさい! ナルちゃん怖がってるじゃないの!」
「すまんすまん。此奴、目付きがほんに悪くてなぁ。で? そういえば何やら慌てていたようであったが、何かあったか?」
「っ! そうよ! カボチャ頭!」
「カボチャ頭?」
トールはエッグセールの言葉で目的を思い出し、すぐに台車へと乗り込む。
「そう。カボチャを被った男の子! 客人の子供がこの人間の国で逃げてんのよ。しかもナルちゃんの大切な物が奪われてて、零時までに見つけないと厄介だわ!」
「なーるほど、それは大変」
「なーに、ニヤニヤしてんのよ。イライラするわねぇ!」
そう言いつつもニヤニヤとこの状況を見て楽しんでいる様子を見せるエッグセール。
「……女」
「え」
ナルも台車に乗り込もうとした瞬間、いつの間にか傍に男が来ていた。目はナルを捕らえていたため、女としか言わなかったがそれは自分を呼んでいるのだとナルは判断する。
「……なんですか?」
「盗られたのか。大切な物を」
その目は悲しげで、ナルの耳元に一度視線を寄越し、またナルの顔を見る。
なぜ彼が悲しそうな顔をするのかナルには分からなかった。
「はい。両親から貰った大切な物です。だから、早くあの子を見つけて返してもらいたくて」
「なら!」
そんな二人の間にエッグセールが割り込む。
「ここで会ったも何かの縁。あたい等もそのカボチャ頭を一緒に見つけてやろうじゃないか。とりあえず、その台車に乗せとくれ。よっこいせ」
「は、はぁ!? 何言ってんのよ? というか、この組み合わせおかしくない?」
「おかしくなんてないさ。あたいと此奴はカボチャ頭としか情報が無いから探すのは困難。なら、姿の分かるもん同士が一人ずつ別れて二組になった方が、効率が良かろう」
「いや、そうじゃなくて。アタシはナルちゃんと一緒じゃ」
「まったく。いちいち煩い、の!」
「うおぉ!」
エッグセールがトールの持つ手網を奪い、山羊二匹を動かした。トールは驚きのあまり野太い男声を出してしまう。台車のスピードはとても早く、「ナルちゃ〜ん。ごめんなさいね〜」とトールの謝罪の声がだんだんと遠ざかっていく。
ナルはそんな台車を、口をポカンと開けながら見送る。冷や汗をダラダラと流すナルの心中は「どうしよう」という不安でぐるぐるに掻き混ぜられていた。