兄妹達を含め神族や人間族は収穫祭の準備に追われ時間は風の如く過ぎていき。
十月三十一日。収穫祭当日がやってくる。
もうすぐ日が沈みかけ、人間の国で行う祭の最終確認を終えた兄妹はテュールに言われた時間にヴァルハラ神殿へ行くと、既に神殿の中には彼等が見た事無い化け物、闇に生きる客人で溢れていた。吸血鬼、蛇男、魔女、他兄妹の知識では分からない種族の者達。
そんな光景に、兄妹は目をキラキラさせている。
「いつ見てもこの光景は面白いなぁ」
そんな兄妹の背後からテュールが現れる。
「毎年こんな感じなんですか?」
「そうだよ。オーディン様もこういう客人から貰える知識は希少だからと、とても楽しみにしていらっしゃる」
「それを書き写すフギンとムニンは可哀想だけど。後で何か持って行ってやろうか」
「そうだね」
「よし! そろそろ時間だよ。ナルさんには来て早々悪いけど、トールさんと合流して人間の国へ。ナリ君は宴の会場へ。収穫祭当日、頑張っていこう」
テュールのガッツポーズにつられて兄妹も揃ってガッツポーズをして「はい!」と元気よく返事をした。
「あっ、ナル」
「ん?」
「絶対に! 一人で行動しない事。ちゃんとトールさんといろよ」
ナリが真剣な眼差しで妹に釘を刺すも、ナルは顔を暗くさせる。
「分かってるよ。もう、兄さんは心配しすぎ」
「だって、わっ!」
「だって、じゃありませんよナリ様」
まだ何か言いたげなナリだが、突然彼女が抱きついてきたため意識はそちらへと移される。
「なっ! エアリエルなんでここに」
「お迎えが遅かったので出てきちゃいました」
エアリエルは可愛らしく舌を出して「てへっ」という顔をする。
「出てきちゃいました、じゃねーよ。可愛く言っても駄目。あとそろそろ離して」
「拒否します」
「おい」
「離したらまたナル様に『心配だ〜、心配だ〜』って叫ぶのでしょ? 少しはナル様を信じてはいかがでしょうか。トール様もついていますし」
ナリは少し何かを考える様子を見せながら、「分かったよ」と言った。
「でもこれだけは言わせてくれよ。ナル」
「なに?」
「お互い頑張ろうな」
「……うん!」
ナリは彼女の兄として優しい笑みを浮かべながらそう言った。その笑顔にナルもつられて笑みをこぼした。
◇◆◇
ナルはトールの従えている山羊、タングリスニとタングニョーストの引く台車に乗って人間の国へと降り立つ。二人が人間の国に着くよりも前に祭は始まっており、人間族と闇に生きる客人の笑い声と楽しそうな会話が音楽となり、祭は見て分かるようにとても賑わっている様子であった。
「今年も一段と賑やかねぇ。ナルちゃんは収穫祭には来た事あるの?」
「毎年来てますよ。でもお母さんが人混み苦手なので、じっくりとまわったことは無くて。いつも兄さんと売店に売ってるものを買っては、離れた所でそれを食べながら祭を眺めていました」
「あら、そうだったのね。それじゃあお母さん、シギュンさんは寂しいかもね」
「そうですね。あの、これが終わったらお土産を買いたいので時間をくれませんか?」
「あ〜ら。それなら今買っちゃいましょ! 美味しい物はすぐ売り切れちゃうんだから!」
「えっ、でも仕事中」
ナルの戸惑った声にトールは一度立ち止まり、したり顔でこう言う。
「ナルちゃん。アタシを誰だと思ってんの? 雷神トールよ! この雷神トールが仕事中の買い物を許すわ!」
「自分の地位を乱用しないでください!」
「ガハハハハ! ナルちゃんは細かいわねぇ! 人間の国での仕事は見回りだけ。でも平和そのものだから気を張ることないわ。神の国だとこうもいかないわよ」
「忙しいんですか?」
「忙しいというより煩いし、いつ勝負を売られるか分からないから、気を休めらんないのよ」
「へ? 勝負?」
「そう勝負。人間の国に来る客人は人間族と仲良くなりたいからだけど、神の国にいる客人は力比べとしてオーディン様以外の神族に勝負を申し込みの。どっちが勝つか賭けがあったり、フレイヤを賭けてフレイと勝負したり」
ナルはトールからそんな話を聞いて兄の顔を思い浮かべた。「兄さんは大丈夫だろうか」「巻き込まれて怪我しないといいけれど」などとブツブツと兄の心配をし始めた。
そんな彼女の様子を見て、トールは彼女の背中を強く何度も叩いた。
「ガハハハハ。兄妹揃って心配性ねぇ。ナルちゃんもちゃんと信じてあげなさいよね?」
「それも、そうですね」
「まぁ、本当に大丈夫だとは思うわよ。勝負は基本的にバルドル様、フレイ、ロキ、テュールに集まるし。もしロキの子供として挑まれたとしてもロキが力量を見て止めるでしょう」
「うーん。それはどうでしょう」
「え、どうして?」
「兄さんの事だからお父さんに止められたら俄然やる気を出しそうで……めんどくさくなりますよ」
「あー。そんな光景が目に浮かぶわねぇ」
ナルの話を聞いたトールは苦笑しながらも納得してしまう。
そのまま二人はトールのオススメお菓子や冷めても美味しい食べ物をシギュンや人間の国へ遊びに来れないでいるフギンとムニン等へのお土産を選び、台車に詰め込んだ。
「ふぅ。これぐらいあれば上々かしらね」
「トール様」
同じように人間の国の見回りを担当していた神族がやってくる。
「あら、どうしたの?」
「実は――」
小声で二人が話し出したため、ナルは壁に寄り掛かって話が終わるのを待つことにした。
「お姉さんの耳飾り、綺麗だね」
「ん?」
声はナルの背後、暗い路地裏からであった。その路地裏を見てみると、そこには少々頭の大きな子供ぐらいの背丈の者がいた。声からしても男の子であろうかとナルは考える。
「ありがとう。私の宝物なの」
ナルはそう言いながら、自分の右耳に付いている耳飾りを愛おしく触る。
「へぇ、宝物」
「……えっと。君はどうしてそんな所に居るの? ご両親は?」
ナルはその路地裏いる子供と同じ背丈になるようにしゃがんで問いかける。
「そんなのどうでもいいじゃん」
「どうでも良くないよ。きっと、ご両親も探してる」
「いいんだって! ……それよりお姉さんおいらと一緒に遊んでよ!」
「えぇ……。先にご両親の所に行こ?」
「むぅ……それ、じゃ!」
「えっ――いっ!?」
突然路地裏から飛び出したかと思えば、ナルの頭を踏み台にして屋根へと登っていく。
「コレを返して欲しかったら、おいらと遊んでよ!」