「うぅ、さむっ」
だんだんと肌寒くなるこの季節、夏同様に短い秋がユグドラシルにもやってきた。
兄妹は木々の隙間から吹く冷たい風に顔をしかめながら、世界樹に繋がる森の中へある者を迎えに入っていた。その森の木々たちは今までは青々とした緑の衣を纏っていたのだが、彼等もこの季節になるとその衣を橙や茶、黄色へと変えている。
そんな木々達の様子を温かい目で眺めながら歩いていると、ようやく目的地に辿り着く。ある者--エアリエルは大木の空洞の中から出てきて、迎えに来た兄妹に向かってお辞儀をする。
「おはようございます。ナリ様、ナル様」
「はよ、エアリエル」
「おはようございます、エアリエルさん」
エアリエルがなぜ兄妹達の家ではなく、このような場所で寝ているのか。
彼女は精霊。澄んだ空気の中ではないと生きていくのが困難な生命体である。数日間は特に問題は無いらしいが、それが毎日となると彼女の身体に大きく負担がかかる。そんな身体の為、主であるナリの住む人間の国には共にいれない。しかし、この森は世界樹が傍にあるからかとても純粋な空気に包まれ、それはエアリエルの棲んでいたランドアールヴァルに似ているという。そのため、彼女はこの場所を棲み処としているのだ。
「体調は今日も万全か?」
「ご心配ありがとうございます、ナリ様。私は大丈夫ですが、御二方は大丈夫ですか? 季節は秋となり肌寒くなってきましたので、お気をつけください」
「ありがと、エアリエル。でも心配ご無用。俺、生まれて此の方風邪なんてひいたことねぇから」
「そう言って油断してたらなっちゃうかもよ? ね、エアリエルさん」
「ナル様の言う通りで」
「えぇ……二人揃ってなんだよ……」
そんな楽し気に会話をしながら、三人はヴァルハラ神殿へと向かった。
◇◆◇
「おはよう。ナリ君、ナルさん、エアリエルさん」
ヴァルハラ神殿の廊下を三人が歩いていると、前方からバルドルが声をかけてきた。
「三人は今からテュールの所かな?」
「はい。バルドルさんは今からどこへ?」
「お父様の所だよ。月末の行事に関して話しにね」
三人はそれぞれに挨拶を返し、ナリがバルドルの手に持つ書類に目をやる。その書類には『収穫祭』という文字が書かれていた。
収穫祭。
それは、十月三十一日に人間の国と神の国で行われる今年の収穫の終わりを祝うと同時に年三回の異界の扉が開かれる時の一つ。
「そう、収穫祭。貴方達にとっては初めての一大行事になるね」
「って、事は。俺達もその収穫祭に関われるって事ですか!?」
「勿論。今日テュールからきっと話が上がるはずだ。それじゃ頑張って」
そうしてバルドルは行ってしまい、ナリ達も足早にテュールの元へと向かう。
テュールの部屋へと辿り着き、扉を叩くと陽気な声で「どうぞ」というテュールの声が聞こえてきた。ナリが扉を開けると、テュールは大中小のカボチャに顔が彫られた置物を机に並べている最中であった。
「やぁ。おはよう、三人共」
「おはようございます。あの、その置物はなんですか?」
「カボチャ、だよな。顔が彫られてるのは初めて見た」
「可愛らしいですね」
彼等が興味津々でカボチャの置物を見ているのを、テュールは満足そうな笑みを浮かべてそれを見ていた。
「ふふーん。よくぞ聞いてくれた! これはジャック・オ・ランタンの頭をモチーフにしたもの。彼はハロウィンを仕切っている者として伝えられていてね、異世界ではハロウィンの時期になるとこんな風に彼の頭をかたどった物を作るんだって。ちょうど異世界へ行った時期が向こうのハロウィンと被っていたから買っていたんだ」
テュールはその置物を愛しそうに撫でながら、楽しげにそう彼等に話した。
「へぇ、異世界にはそんな方がいらっしゃるんですね」
「いいなぁ、異世界。俺も行ってみたい」
「まぁ、一応仕事だから遊んでばかりは無理だけれど。正式に神族の一員になれば、その機会は必ず来るはずだから楽しみに待ってればいいよ」
そう話終えると手をパチンと叩き「さっ。早速、収穫祭の話に入ろうか」と、話題を仕事に切り替える。
「明日から収穫祭当日まで、おれや兄妹達は会場の一つである人間の国の準備を手伝うことになってる。祭のメイン通りとかの飾りだとか、売店の管理とかね。そして、当日。会場は神の国と人間の国、二つの国で行なわれる。客人も神の国、人間の国を動き回って楽しむだろう。そこでのおれ達の仕事は、まぁ無いだろうけど客人が民に危害を加えてないかを見廻りする。民同士でトラブルがあれば対処する。ここまではいいかな?」
テュールの問いかけに兄妹はしっかりと頷く。
「うん。で、その見廻りの分担なんだけれど……ナリ君は神の国、ナルさんは人間の国に行ってもらおうと思う」
「「……え?」」
兄妹はほんの少しだけ驚きの声を漏らした。
「いつも通り一緒でもいいのだけれど、たまには別行動もいいんじゃないかってね」
「ま、待ってください!」
そんなテュールの考えに対し、ナリは異論があるのか声を出す。
「なに? ナリ君。いつもナルさんと一緒だからやっぱり寂しい?」
「寂しいとかじゃなく、ナルが心配なだけです」
ナリはナルを横目でチラリと見ながら話す。
「うーん。心配といっても、この時期に来る客人達は優しい方達ばかりだから、そこに関して問題は無いはずだよ」
「それでも、もしもの事があったら。俺は今ならエアリエルの力もあるし、自分の身ぐらい自分で守れるようにはなりました。でもナルにはありません。だから、俺と別行動を取らせたいだけなら、誰かを傍に置いてはくれませんか?」
「ナリ君も前は力を持ってなかったのに生意気」
「うぅ。それはそうかもしれませんけど、これは兄として」
「はいはい。妹が大好きなのはよく分かったから」
ナリの頼みにテュールは顎を触りながら「そうだね……」と、頷く。
「まぁ、それならいいか。ナルさんもそれでいい? さっきから何も言わないけれど」
「……」
「ナルさん!」
「っ! は、はい! 大丈夫です!」
「そっか、分かった」
ナルはテュールの目を見て返事をしてから、視線をナリへと移す。
ナルは何かを言いたげな顔をしながらも、それを胸の奥へと押し込むのであった。