4篇 海辺のひととき1


 燦々と輝く太陽の下。
「「「「海だーーー!!」」」」
 邪神の兄妹、豊穣の兄妹、そしてエアリエルはトールに連れられて、ユグドラシル唯一の海岸へと足を運んでいた。
 兄妹やエアリエル達はさざめく波と輝く海に興奮している。
「なんて素敵な青色の海でしょうか。私、海は久しぶりに見ました」
「ハハッ、俺も久しぶりに海来たよ!」
「おぉ、いい潮風……泳ぐぞー!」
「ねぇねぇ、とっとと入りましょうよ! あー、やっぱり着替え持ってくれば良かった」
「ちょっと! そこの豊穣の兄妹は自由すぎるわよ、まったく」
「そういえばトールさん。私達に会わせたい方とは?」
 海に来たのもただ遊ぶ為だけではなく、トールが邪神の兄妹に会わせたい者がいるとの事で、こうやって皆で海にやってきたのだ。
 ちなみに、仕事ではないため皆いつもの軍服ではなく動きやすい服装をしている。
「もうすぐ来るわよ〜、あっ! ほらっ!」
 トールが指差す海の方へ視線を移す。
すると、そこから泡がぶくぶくと現れ初め、だんだんと何かゴツゴツとした岩のようなもの――ではなく黄金色の瞳を光らせた頭が出てくる。その頭からどんどん身体らしきものが姿を見せ、最終的にそれは青緑色の大蛇が現れた。
 突然現れた大蛇に邪神の兄妹は開いた口が塞がらないほどに驚いていたが、豊穣の兄妹等はその存在を知っていたのか、それほどリアクションは見せなかった。
「この子は大蛇ヨルムンガンド。この海の海底深くにある人魚の国の番蛇」
「ヨルムンガンドって、あの……巨人族の怪物兵器」
 巨人族の三大怪物兵器。フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル。
 フェンリルは冷徹な氷の狼。
 ヨルムンガンドはこの世界を一周するほどの体長を持つ毒蛇。
 ヘルは身体の半分が腐った闇の化身。
 はるか昔に、巨人族が神族に戦いを申し込んだ際に投入されたが、怪物たちでさえも神族には勝てなかった。そのため最高神オーディンはヘルを死の国へ、フェンリルを狼の国へ、ヨルムンガンドを人魚の国へと追放させた。今後一切、巨人族との接触をしないようにと。
「そして……あたしのダーリン」
「「「「「えっ」」」」」
 その衝撃的な言葉の語尾にはハートマークが付くかのような声音だ。
 そんな最後の言葉だけは、ここにいる全員を驚かせた。
「ヨルムンガンドと、つ、つ、付き合ってるですって!? 何があったらそうなるのよ!?」
「うふふ。あたし達の馴れ初めやっぱり気になる?」
 トールは擦り寄ってくるヨルムンガンドを愛しく撫でながら頬を赤らめる。
「でーも、それは今日のメインじゃないの! また今度ね。今日はヨルが二人に会いたいからって連れてきたのよ」
 そうトールが説明すると、ヨルムンガンドはトールから離れて邪神の兄妹に近付く。
「やぁ、こんにちは〜。僕ちゃんはヨルムンガンド。ハニーから色々聞いてるよ〜。今日は来てくれてありがとう〜」
「「……」」
 ちょっと拍子抜けするかのような、この体格からは予想出来ないゆるい話し方であった。
「はじめまして、ヨルムンガンド。俺はナリ」
「はじめまして、ヨルムンガンドさん。私はナルです」
「……へぇ」
「? えっと、何?」
 ヨルムンガンドは自己紹介をし終えた兄妹をまじまじと顔を近付かせながら見てきた。
 そんな彼の異様な行動にナリがそう問いかける。
「いやね〜。ロキの子供だって聞いてたんだけど……ハニーの言う通りいい子でビックリしちゃった」
「あらぁ、信じてくれてなかったの?」
「やっぱりこういうのは見ないと信じられないよ〜。ちなみにロキは元気?」
「元気ですよ。あの……ヨルムンガンドさんはお父さんと知り合いで?」
「そう、昔からのね。僕ちゃんの事とか何もロキから聞いてない?」
「父さん、巨人族だった時の事は聞いてもはぐらかすだけで、全然話してくれないんだ」
 ナリがそう答えるとヨルムンガンドは「それもそうだ」と納得した様子であった。
 それはトールなど他の者達も同様であった。そんな彼等の様子に兄妹は首を傾げる。
「そんな話せない内容なのか?」
「話せないというより、くだらないからかな? ロキがまだ巨人族にいた頃、それはこのユグドラシルがこんなに平和で穏やかな時間とは真逆。巨人族と神族が毎日戦いを繰り返していた時代。そんなの今を生きる君達にはつまらなさすぎて、ロキは話さないと思うよ〜。ロキが話さないなら、君達がそれを知ってしまう事をロキが望まないのなら。僕ちゃんも他の誰もその時の事は話さない」
 そうヨルムンガンドが答えると、兄妹は顔を暗くさせる。
 そんな彼等を見て、ヨルムンガンドは大きな咳払いを空に向かってした。
「さっ、こんな暗い話はこれで終わらせて……!」
 ヨルムンガンドの声が合図となったのか、彼の周囲から多くの影が水面から現れる。それは彼が番をする人魚族。人間とさほど変わりない上半身の人魚であったり、肌が青い人魚がいたりと、人魚族の種類は様々だ。
 そんな彼等はヨルムンガンドと声を合わせてこう言った。
「「「「「一緒に遊ぼう!」」」」」
 その声と共に四人は人魚達に腕を引っ張られ、どんどんと腰の部分まで水がつく場所へと誘導されていく。
「まっ、待って! 私達、今日着替え持ってきてなくて……」
「あら、それは大変! でも大丈夫。今日はお日様も風も気持ち良いからすぐに乾くわ。それよりも、これを身につけてください」
 マリアはそう話すと、ナルにとある首飾りを渡す。その首飾りには、桃色の巻貝が付いていた。それと同じ首飾りを、他の三人も渡されている。
「これは?」
「オーディン様がお造りになられた、魔法道具です。ほんの少しの時間ですけれど、この貝殻が壊れるまで、海の中で陸と同じように活動が出来ます」
「そ、そんなことが!?」
 ナルは半信半疑の中、それを首にかけた。身につけたことを確認したマリアは他の人魚族に目配せをし、「せーのっ!」とそれぞれ四人の腕を掴みながら、海の中へと勢いよく潜った。その掴まれた腕に引っ張られ、ナル達も海の中へ。
 ざぶんっ、と。彼等の耳に、弾け合い流れ動く水の音が聞こえてくる。ナルはぎゅっと目を瞑ったままであったが、「ナルさん、ナルさん。どうか目を開けてください」と耳元でマリアの声を聞く。
 その声を信じ、ナルがゆっくりと目を開けると。
「……わぁ!」
 彼女の目に映るわ、まるで宝石かのように輝く珊瑚礁の森。赤や橙や緑と、多種多様な色と形をしたそれらは、上空から照らす太陽の光が海の波でゆらゆらと入り込み、その度にそれらは炎の代わりに海を照らし、輝いていた。そんな森の他にも、色とりどりの水棲生物達が海の中を華麗に泳いでいる。
 そんな光景に目を奪われていたナルは、誰かに肩をツンツンと触れられる。顔をそちらへ向けると、マリアがにっこりと微笑んでいた。
「どうです、この景色は」
「えぇ、とっても! とっても素敵です!」
 ナルが満面な笑みで答えると、背後から「そりゃ良かった!」と大きな声が聞こえてくる。彼女達の背後には、ヨルムンガンドが控えていたのだ。ナルは彼の顔面がすぐ傍にあったことに、驚きのあまり声をあげる。
「僕ちゃんが来たことにも気付けないほど見入ってたんだね。嬉しいよ〜!」
「フフッ、さっ。皆の所へ行きましょ」
 マリアの指差す先には、ナル達に向かって手を振る兄や豊穣の兄妹達が待つ姿が見られた。ナルはマリアの言葉に頷き、彼女と共に海の中を泳いでいく。
 そうして彼等は、貝殻が壊れるまでゆらゆらと静かな時間の流れる海の中を、人魚族と共に過ごしていった。

◇◆◇

「「つかれた……」」
 フレイヤとナルは砂浜で互いに背を合わせて、くたくたに疲れきった身体を休めている。
 彼女達は人魚族のように海の中を長く泳げないため、皆が足のつく所で多くの楽しい時間を過ごしていった。
 フレイヤとナルは着替えを持ってきていなかったため遠慮したが、ナリとフレイはどうせすぐに乾くからとヨルムンガンドの身体の上から飛び込みを楽しんでいた。
「えへへ……今日はありがとうございました」
 近くの岩から人魚族のマリアが二人に今日の御礼を言う。
「それはこっちの台詞よ。妾もとっても楽しかった」
「うん。今度はちゃんと着替え持ってこないと」
「うふふ、今日は皆楽しんでもらえてあたしも嬉しいわ〜。皆はもう海に入らないの?」
「妾はいい。ゆっくり海を眺めていたいし」
「私も……」
「そう。なら、折角こうやって女子が集まったんだもの」
 一人は確実に女子ではないのだというのを言わないのは暗黙の了解だ。
 そんなトールは決め顔でこう言った。
「恋バナをしましょう」
「「「ん?」」」
 トールが決め顔で言った言葉に、三人は揃って怪訝な顔をする。
「トールさん、恋バナ……恋の話、という意味でしたよね? なぜそれを?」
「だって〜、折角女の子が揃ったもの。アタシは色々と若い貴方達の話が聞きたいのよ〜!
今日だってそのつもりだったし!」
「恋バナ、ねぇ……」
「恋バナ、かぁ……」
 トールはナルの質問に対し、目を輝かせながら話した。フレイヤとマリアは唸っている。