3篇 花ざかりの邂逅6


 雲一つない清々しい青空の下で、今年のミッドサマーイヴが開催された。妖精族や神族はもちろん、小人族や人間族も夏至を祝うために妖精の国に集まっている。

 初めにオーディンの挨拶と妖精族の娘達による踊りから祭は始まり、そこからは季節の花を使った食べ物や雑貨などを売る出店をまわったり、種族関係なくお喋りに花を咲かせたり等、各々のやり方で祭を楽しんでいた。

 そして夕刻。

 中央広場で開かれる、心を込めて作った花冠を大切な人に渡す、夏至祭最大のイベント

花冠渡しが始まる。

「そういや、なんでクローバーなんて呼び方なんだっけ」

 花冠を渡し合う者達を眺めながら向日葵の飴細工を舐めているロキは、隣にいるシギュンに問いかける。シギュンもロキと同じ物を舐めながら、その問を返す。

「クローバー。花言葉は"貴方に私の想いを伝えます。花冠は渡す相手を思いながら心を込めて作るもの。だからこそ花冠には必ずクローバーと自分の想いの分身である花を使うの」

 ある者は好意を寄せる者への愛の告白のために。

 ある者は恋人への愛を確かめ合うために。

 ある者は親に感謝と愛を伝えるために。

「そういえばそうだった」

「それぐらい覚えてなさいよ、まったく……久しぶりに来た思い出の場所なのに」

 シギュンは飴を舐めながら、後半の言葉は少々不機嫌気味に小声で言う。それを聞き取ったロキは、苦笑いを浮かべながら「冗談だよ」と言ってから話を兄妹の事へと変える。

「さて、ナリやナルに呼び出されたから此処で待ってるものの。二人はまだかな」

「此処で待つという事は、花冠をくれるってことなのだろうけど……一体どんな花冠をくれるのかしら。楽しみね」

「そうだな。もしかしたら、ナリの花冠はぐちゃぐちゃかもしれないな。ボクみたいに細かい作業は苦手だから」

「ロキ、花冠作れないからって赤い薔薇一本しか私にくれなかったものね」

「でも、ボクから君への気持ちは伝わってただろ?」

「……そりゃ、もちろん」

 ロキがシギュンの顔を覗き込むように見ると、彼女は顔を赤らめてそう言いながら彼から目を逸らす。そんな恥ずかしがる彼女を見て、ロキは笑顔を浮かべながら彼女を抱き寄せ——。

「「あーもーはいはい、外でイチャつかない」」

 そんな彼等の間へと兄妹は、呆れた声を出しながら無理矢理割り込む。

「ナリ、ナル。いつの間に」

「別に私達イチャついてなんかないわよ」

「それがイチャついてないなら何というのか俺は知りたいね」

「そんなに見せつけなくたってお父さんとお母さんが仲の良い夫婦だっていうのは、私達がよーく知ってる」

「「だから」」

 二人同時に、ナリは父親のナルは母親の頭に自分達の作った花冠を置く。

 置いた拍子にロキには青のシギュンには黄のヒヤシンスが揺れる。

「「これからも、仲良しで私達の大好きな両親でいてね/くれよ」」

 兄妹がニカッと笑うと、二人はその笑顔に数分間見惚れて、同じように笑顔を兄妹に向かって見せては二人を自分たちの方へと抱き寄せ――。

「「ありがとう、愛しい愛しい我が子」」

 両親の言葉がこそばゆくなったのか、兄妹は顔を赤らめながら大好きな二人の温もりを感じていた。

 そんな幸せオーラを出しまくっている四人の元へ、ある者が近づき「コホン」と一つ小さな咳払いをする。四人ともそこへ目線を移すと、そこにはフギンとムニンがいた。

「家族団欒中失礼致します。ナリ様、オーディン様がナリ様に話があるとのことです。来ていただけますか?」

「え、オーディン様が俺に?」


◇◆◇


 ナリは三人と別れて、フギンとムニンと共にオーディンのいる壇上へと向かう。ナリの背後では、ミッドサマーイヴの最後に行われる参加者全員で行う踊りの演奏のために楽器が準備されている。

 少し長めの階段を上がりながら、オーディンの居る壇へと辿り着く。オーディンの周囲には多くの花冠や花の装飾品が飾られており、そんな花々に囲まれてなのか彼はいつも以上に穏やかな笑顔であった。フギンとムニンはオーディンに一礼してから、ナリだけを置いて階段を下ってしまう。ナリはオーディンの前へひざまずくと、オーディンから話を始める。

「ナリ君、昨夜会った精霊の事を覚えておるか?」

「もちろん。覚えています」

「その精霊の事、どう思っとる?」

 そう直球に聞かれたナリは目を少しだけ伏せ、すぐに真っ直ぐな目でオーディンを見る。

「俺はまだあの精霊の事をよく知りません。でも一つだけ。アイツと一緒に戦った時、俺……楽しかったんです。自分にない力を操れたりして。その気持ちはきっと、あの精霊と一緒じゃないと味わえなかったんじゃないかって思うんです。だから……また会えたらなって」

 自分の気持ちをさらけ出したナリは、恥ずかしさを覚えたのかニカッと笑って見せた。ナリの気持ちを聞いたオーディンは、大きく頷いてナリの後ろへと視線をうつす。

「うむ、素晴らしいぐらいに素直に話してくれたのナリ君。二人共面白いから合格じゃ」

「合格? 二人共ってどういう」

 オーディンの合格の意味が分からず、それに対し尋ねようとしたナリ、だが――。

「ナリ様!」

「わっ――!?」

 その言葉を遮るかのように、彼の名を叫ぶ声が一つの重みと共にナリに押し寄せる。

 聞いた事のある声、ナリは自分の背中に感じる温もりの主を見るためにゆっくりと視線をそちらに寄せる。

 そこに居たのは――。

「……エアリエル!」

 満面な笑みを浮かべたエアリエルの姿であった。

「エアリエル、なんでココに!?」

「実は、オーディン様が条件付きでナリ様の傍に居ていいと許しを頂いたのです!」

 彼女からそう聞いたナリは、すぐにオーディンへと顔を向ける。

 オーディンはナリとエアリエルを優しく見守るかのような眼差しを見せながら微笑む。

「本来なら、契約してしまっていても君達を引き離すべきなんじゃが……ナリ君の精霊として神族につくと誓うなら、という条件で今までの彼女を赦すことにした」

「……」

「ナリ君」

「は、はい!」

 改まって名前を呼ばれたため、ナリもエアリエルに抱きつかれたまま姿勢を正す。

「彼女と一緒に、これから頑張っていきなさい」

「……ありがとうございます、オーディン様」

 ナリがそう言い終えた瞬間に、軽やかで美しい音楽が流れ出した。その音楽と共に、多くの者達がペアを組んでリズムに乗って踊りだす。勿論、ロキとシギュンやナルとバルドル達も楽しげに踊っている。

「ナリ様! 私達も混ざりましょう!」

「え、でもアンタ周りから見えないから俺一人で踊ってるみたいになるんじゃ」

「それは大丈夫。貴方と契約したら、私は周りから見えるようになっています」

「あっ、そうなの、って、ちょ――!?」

「さっ、行きますわよ!」

 エアリエルは階段を降りるのさえも億劫なのか、ナリの手を強く握りながら足に思いっきり力を入れて飛びあがる。普通ならかなりのスピードが出るはずなのだが、これも彼女の力かスピードは上がらずにゆらゆらとゆっくりそのまま地面へと着陸。

 そこまで高さがなかったとはいえ、いきなり飛んだ事にナリはまだ心臓をバクバクと激しく動かしていた。

「エアリエル! せめて説明を先にしてくれ!」

「あら失礼。でも、私はやくナリ様と踊りたくって」

 満開の花が咲いているかのように笑った彼女を見て、ナリは顔を赤らめる。

 その姿がとても、綺麗だと思ったから。

 ナリはその感情を抑えるべく、今度は彼がエアリエルを引っ張る。

「じゃ、じゃあ踊るぞ! 言っとくけど、俺踊るのあんまし得意じゃないからな!」

「はい!」

 ハープやバイオリン、ピアノ等、花で包まれた国にふさわしい音色が国中に奏でられる。

「ナリ様」

「ん?」

 そしてその音楽は。

「これから、よろしくお願いしますね」

 二人を祝福しているかのようにも思えた。

 音楽が人々の楽しさと共に盛り上がると、色とりどりの花びらや多くの種類の花が、踊るヒト達と同じように空を舞っていく。

 ナリはその空に舞う一つの花を掴む。それは黄緑色の薔薇であった。

 ナリはその薔薇を眺めては、エアリエルに向かって突き出す。突然の事で驚くエアリエルだが、そんな彼女などお構いなしにナリは満面の笑みでこう言った。

「これ、アンタにやるよ。アンタみたいに綺麗な花だから。……これからよろしくな」

 エアリエルはほんのり頬を赤らめながら、その薔薇を受け取った。

「はい、ナリ様。これからはずっと、お傍にいます」