ペリドットが月明かりで光る。
先に動いたのは土の精霊であった。自身の手にまたあの玉をだすと、地面にその手をつかせる。すると、そこから地面がもりあがっていきナリの地面へと高速で向かっていく。来る場所を察したナリはひとまず地面から離れようと、背後にある木の枝へと飛ぶ。飛んだ瞬間、ナリの居た場所の地面は針のように尖った山が出来た。
ナリはそんな針山を見て「一秒でも飛ぶのが遅かったら」と嫌なことを考えてしまう。と、そんな嫌な想像をするナリの元へと炎の精霊と水の精霊が針山の後ろから姿を現し、ナリへ手を伸ばす。彼は枝から手を離し、地面へと降りて守りの構えをとる。炎の精霊が拳に炎を宿し、水の精霊が数多の矢を作り出し、ナリに向かって放つ。しかし、ペリドットが光るとナリの前に風の盾が現れその炎と水の矢を防いだ。
『ナリ様、お下がりください』
小声でそう言われるがまま、ナリは前足を蹴って大きく後ろへと下がる。
『ナリ様。イメージしてみてください。彼女達を黙らせるための一手……いいえ、二手必要でしょう』
「またイメージ……」
「イメージって大切なんですよ? そしてそこに私が名前を授けましょう」
ナリは顔をしかめるも、ここを乗り切るためには……とうんうんと唸りながら考える。
そして柄を両手でしっかりと持ち力を込めると同時に、エアリエルの宝石と刻印が光る。
《ラピオ・ウェンティー》
風が吹く。力強い風が。
エアリエルの詠んだ言葉と共に、彼の身体が勝手に剣を横へと半円を描くように振る。その衝撃がナリの周りに集まった風を包み、鋭き風の刃となって三人の元へと突っ込んでいく。
しかし、それを三人はギリギリの所でかわしてしまう。
かわして少しだけ、ほんの少しだけ安堵した三人。
それが。
《グラディオ・ウェンティー》
隙となる。
三人がかわした瞬間のその首元に、風で出来た数多の渦の鋭い部分が向けられ、少しでも動けばそこは彼女達の首を貫くだろう。
三人の顔に冷や汗が流れる。
息も切れ切れで大きく呼吸を整えるナリは、そんな彼女達の元へとゆっくり近づく――。
「そこまで!」
「「「「っ――!?」」」」
その力強い声でナリの足が止まると、周囲の森から多くの兵士が現れ、兵士はすぐに三人の周りを囲み、剣や槍などを向ける。
「なんで皆」
「なんで? それはこっちの台詞だ」
「――いっでぇ!」
ナリの疑問は答えでなく拳が降ってきた。
「こんな所で何やってるんだ、ナリ」
「と、父さん」
ナリに拳をあげたのは、少々怒り気味な彼の父ロキであった。彼がロキに殴られた部分を撫でていると、ロキの後ろからオーディンやバルドル達が姿を現した。
「なんで皆……それより、兵士達もアイツ等の事視えてるのか?」
「我々はナリ様が出したこの渦を頼りにしております!」
「あっ、なるほど。勘だったか」
「ナリ。妖精の国で緊急事態が起こったからと来てみれば、君がいないってナルから聞いた。なんでこうなったのか、言い訳ぐらいなら聞いてやってもいいぞ。なんで急に居なくなったのか話したら、二発を一発に変えてやる」
「さっき殴ったから結局二発じゃねーか」
拳を強く握り、準備運動を始めるロキであったが、ナリの右手に描かれた紋章に目がいく。
「ナリ、それどうした」
「え、あ、こ、これは――あ」
ナリが説明に戸惑っていると、剣についていたペリドットが光だし、エアリエルとしての姿へと元に戻っていった。どうやらエアリエルの姿は見えるらしく、その光景に目を奪われる兵士達であったが、オーディンやバルドル、ロキは少々真剣な眼差しで彼女を見ていた。
元に戻り終えると、エアリエルは礼儀正しくオーディンに向かって膝まずく。
「最高神オーディン。この度は我等精霊の身勝手な行為により国や貴方の大切な仲間を危険に晒してしまったことを、謹んでお詫び申し上げる」
「エアリエル!? オーディン様、コイツは違う! エアリエルは俺を助けようとしてくれたから、だから」
ナリが話そうとするのをオーディンは片手を彼に向かって伸ばし口を止めさせた。
「ナリ君は精霊の存在に関しては知っているかな?」
「本でなら、少し。でも実際に会うのは初めてです」
「うむ。君はそれで良い」
「え?」
少しだけ。オーディンの話した事に違和感を得たナリだが、その違和感がなんなのか分からないまま話は進んでいく。
「彼等は元々異世界の者達でね。この自然豊かなユグドラシルに住処を築きたいと申してきた。そこでわしはいつもの条件であるこの世界の民を傷つけなければ良い、と。しかし」
オーディンはナリから三人に顔を向ける。
「お主達は一度ならず二度までも、わしの世界の民を傷つけた。これは、お主達の精霊王と話をつけなくてはいかんの」
と、ニコリと笑ってはいるものの目は笑っていないオーディンの顔が三人に向けられる。
そんなオーディンの話を聞き、顔を青ざめる三人と真顔のエアリエル。
「ひとまず。わしとバルドル、そして数人は彼女達を連れて精霊王の元へ行こう。きっと彼もこの事態に気付き、そこまで来てくれているだろう。皆、いいかの?」
「はい、お父様」
「オーディン、ボクは?」
「もちろん。ロキはナリ君と一緒に帰ってあげなさい。ナルちゃんもテュール君も心配しておったことじゃしな」
「――ッ」
改めて二人の名をあげられたナリは、胸を締め付けられるかのような感覚に襲われる。そんな彼の気持ちを察したのか、ロキはため息をつきながら強めに背中を叩く。
「いっ!」
「そんな顔すんな。心配かけた、悪かった、そう思うならしゃんとしろ。それで……ただいまとごめんって言えよ? 特にナルに」
「……分かったよ」
そう二人で話している間に、オーディン達はいつのまにか風の剣が解かれた三人とエアリエルを捕え、エアリエルの道案内でランドアールヴァルへと向かっていった。
ふと、エアリエルが後ろを振り向き、ちょうど、ナリとエアリエルの目線が重なり合う。
目が合ったものの、何も言わず彼女は顔を前へ向こうとした瞬間、ナリが「エアリエル!」と彼女の名を叫んだ。
彼女が高く結んだ髪を揺らし、再びナリの方を振り向くと、彼は。
「またな!」
と笑顔で言った。
その言葉を聞いた彼女はすこし驚いた様子を見せ、ハッキリと言葉にはしなかったがナリに優しく微笑んでから、また正面へと顔を戻して歩き出した。
そんな二人の様子を見ていたオーディンは「ふむふむ」と何やら考えている様子である。
「お父様? どうかされましたか?」
そんな父親の姿に少し戸惑いを見せるバルドルは、彼にそう尋ねた。
「いいや、なんでも……いや、バルドル」
「はい、なんでしょう」
「少し、面白いことをやっても良いじゃろうか?」
◇◆◇
オーディン達と別れてから、ナリとロキは残った兵士達と共に妖精の国まで歩いていた。
ナリはロキの後ろで、とぼとぼと歩いている。
「……ナリ。何かボクに聞きたいことがあるんじゃないか?」
さっきまでの怒気を含めた声ではなく、優しく父親として彼に話しかけた。それを聞いたナリは少しだけ戸惑いながらも「あのさ……」と言葉を続けていく。
「昔、神族と精霊とで何かあったのか? なんだかオーディン様が二度目みたいなこと言ってたし。あと……俺はエアリエルと一度会ってるのか? 記憶には全然ないけど、その昔あった事と俺は何か関係があったりするのか?」
と自分が感じていた違和感を何もかもロキにぶつけて尋ねた。その質問の数々にロキは「そうだよ」とたった一つの答えを出した。
「じゃあ――」
「でもそれは、まだ話せない」
「えっ、なんで!?」
そちらから聞きたいことがあるのではないかと聞いてきたくせに、それを話すという一番重要な行動にロキは移さなかった。
「またいつか話してやるよ」
ナリはその「いつか」という言葉に苛立ちを覚えた。
「いつかっていつだよ。今その話をしてんだから、今話せよ!」
「色々とあるんだよ、事情ってもんがさ」
「……どうせ子供だからとか言うんだろ。父さんはそればっかだ」
そのロキの言葉にナリは頬を膨らませて、不貞腐れてしまった。そんな膨らませる彼の頬をロキはつんつんとつく。
「それもあるし……まぁ、本当に色々事情があるんだよ。許せよ、な? ほら、もうすぐ着くからその顔直せ」
ロキの言う通り、一行は森を抜けて妖精の国へとようやく戻ってきた。
妖精の国では破壊されてしまった物や建物を修復している妖精族と神族達、戦乙女が忙しなく動く姿があった。
「兄さんっ!」
「わぶっ」
いち早くナリの姿を見つけたナルが彼に向かって突進するかのように抱きつきにいく。突然現れた彼女を上手く受け止められずに、ナリは地面へと倒れてしまう。それでも彼女は涙を流しながら、ただただ兄の身体に弱々しいパンチを与え続ける。
「兄さんのバカ! なんでまたどこかに消えちゃうの! 心配したんだから! もう、バカバカバカバカバカ……」
「わかった! わかった! もうバカでいいから泣くなよ!」
「ナル、大切な妹を泣かせるダメな兄貴の言葉なんて聞かずにどんどん殴れ」
「……うん」
「父さんまでノるなよ! あぁ、もう、本当にごめんだって! 痛い! そろそろ痛いぞ、ナル!」
そうして、妖精族と神族達の頑張りにより破壊された物は元通りとなって、夜が明ける。
ミッドサマーイヴがやってくる。