3篇 花ざかりの邂逅4


「うっ……」

 黄緑の髪と瞳をした女は、ボロボロな姿で森の中に倒れていた。

「やっぱり、一人じゃ……」

「そう一人では無理。最初から分かっていた事でしょう?」

 女の頭上から声がした。そこには水の精霊、炎の精霊、地の精霊が姿を現す。

「なぁ、もう諦めたら?」

「皆で、楽しみ、ましょう?」

 三人の言葉に女は顔をしかめながら言葉を返す。

「ナリ様をあちら側には行かせない。絶対に」

 エアリエルの真剣な表情に、アクエリアスは「……なるほど」と声を漏らす。

「何故貴方がそんなに必死なのかようやく分かったわ。彼は、あの時の彼でしたか」

 水の精霊の言葉に緑の女は目を細め、後ろにいた火の精霊と土の精霊は首を傾げる。

「私も忘れていましたが、貴方は……。まったく、またイカレてしまったのね。火の精霊、土の精霊。構えなさい。彼女の存在を今から消します」

 三人が揃ってそれぞれの色に輝く玉を作りあげ、その手を女に向かって突き出す。

「「「さようなら」」」

「待て!!!!!!!!」

 その声により、彼女達は手を下げた。なぜなら、女の前に彼が――ナリが居たから。

 彼は剣を真っ直ぐに、彼女達に向ける。

「俺が相手だ!」

 ナリは剣を真っ直ぐに、彼女達に向ける。彼女達は彼の姿を見て固まるも、すぐにニコリと微笑む。

「あらあら、愛しき子よ。貴方の方から会いに来てくださるとは」

「アタイ達のところに来る気になったかい?」

「良かった、嬉しい」

「なんでそうなんだよ。勘違いすんな。別にアンタ達の為に来たんじゃない。ただ俺は、コイツを助けにきただけだから」

 と、ナリは自分の後ろにいる女を指さした。指をさされた女は、いまだに彼の出現が信じられずにいるのか目を丸くしたまま固まっていた。彼の言動に、彼女達は不機嫌な顔を見せる。

「それはなぜか聞いても?」

「そんなの、俺をアンタ達から助けてくれたから。だから今度は俺が助ける。じゃあ、次はこっちから質問な。なんでアンタ達はこの人を傷つける?」

「彼女は……我ら精霊に相応しくない。彼女は我等の生き様を否定した。貴方をこちらに連れていく邪魔をした。貴方の様に私達の存在が視える者は、皆で一緒に楽しむモノ。そういう掟があるにも関わらず、彼女は貴方をまた独り占めしようとした。だから、消さねばならない」

 水の精霊が再び手を上げると、他の二人も手を上げ先程と同様に それぞれの色に輝く玉を作りあげていく。

「さぁ、どきなさい。私達は貴方を傷つけたくない」

「どかない。まだ質問が一つあるしな。……妖精の国を破壊したのはなんでだ?」

「それは、貴方を探していて、その子が邪魔を、したから。だから攻撃した」

「そうそう。アタイ達はアンタを探しに来ただけなんだから」

「その理由が一番ですが、今となれば国を破壊したのは好都合でしたね。明日はミッドサマーイヴ。最高神オーディンが楽しみにしている行事があるではありませんか。それを潰せたので、私は少々笑みが零れますね」

 そう言って、水の精霊は三日月のような笑みを見せる。それに釣られた残り二人も「それもそうだ」と笑いだした。

 そんな彼女達をナリは目尻を険しく吊り上げながら睨み、彼女達に向かってナリは剣を再度構え、怒張声で叫んだ。

「アンタ達……ぶっ倒してやる!」

「「「――!?」」」

 ナリはそう言いきってから地面を思いっきり蹴り、彼女達の元へと飛び込む。そこまで彼女達との距離は無かったため、すぐに剣先が彼女達に届く所まで来る。

 そこまで来るとナリが剣を横へと振る。しかし、その剣は空を切った。大事な視える者を傷つけたくない彼女達は、ナリが来る寸前に後ろへと下がったのだ。

 しかし、ナリは止まらない。その場でまた地面に足をつけてから、高く飛び上がる。今度はまとめて斬り掛かるのではなく、標的をひとつに絞って。

 標的は、地の精霊。

 剣ではなく足を前に突き出して、彼女の腹にめがけて蹴りつけた。地の精霊は背後にある木まで蹴り飛ばされ背中を強打する。

 それを見届けた彼は瞬時に体を前のめりにし、着地に足ではなく左手を地面に付け、そのままぐるりと前へと転がり、ひとつの呻き声と何かにぶつかる感触を確認し--剣と上半身を後ろへ向ける。ナリの後ろには、腹を抑える炎の精霊と地の精霊。そして、首元に剣を突きつけられる水の精霊の姿があった。

「斬るなら斬ればいい」

 水の精霊が覚悟を決めたかのように目を瞑りながら言う。

 しかしナリは――。

「しねぇよ」

 絶好のチャンスだというのにナリは剣を下ろしてしまった。そんな彼の行動に彼女達は目を丸くする。

「なっ、なぜ!? 貴方、私達をぶっ倒すって――」

「言ったけど……別に斬るまでは考えてねぇよ。それよりも、アンタ達にはやってもらいたい事がある。負けたんだ、言うこと聞けよ?」

「やる事?」

「そ。妖精族と彼女に謝ってくれ」

 またも、ナリの言葉に彼女達は目を丸くさせる。

「なぜ謝らねば……」

「アンタ達は妖精族が頑張って準備した物を壊したから。理由はあれど彼女を傷つけたから。だから、謝れ。それで何もかも済む……わけじゃないだろうけど。とりあえず、だ。簡単だろ? 後はオーディン様にもこの事報告しなきゃだけどな」

 そんな彼の言葉に、水の精霊は口をポカーンと開けたまま「あはははは」と笑いだした。

「なんだよ」

「いえ。では私から一つ言わせていただきたいことが……」

 ゆっくりと、彼女の手がナリの首へと伸びる。そしてまた、三日月のような笑みを浮かべ。

「優しいのも、程々がいいわよ。愛しい子」

 ナリの首に水の輪っかが現れる。が――。

「きゃっ!」

 突如、疾風が起こり水の精霊を地の精霊の方へと吹き飛ばされ、それと同時に水の輪っかは弾けた。何がどうなっているのかと混乱するナリ。そんな彼の腕を誰かが握る。

「こっちへ!」

 あの、緑の女であった。


◇◆◇


 暗い森の中を掻き分けながら走る、ナリと彼を引っ張る緑の女。そのスピードはだんだんと

緩くなり、少し開けた場所で止まる。女はナリの腕を掴んだまま、息を整える為にゆっくりと深呼吸をする。そんな彼女に、ナリはおどおどしながら話しかけた。

「あの……さっきはありがとう。また、助けてくれて」

 水の精霊を吹き飛ばした風を作ったのは彼女であり、また彼女は彼を助けたのだ。そんな彼の言葉に、女は「はぁ」と深い溜息を吐いた。

「貴方は優しい人。でも、その優しさを戦場に出さない事をオススメします。相手が傷つけたくないからと言って、それは絶対に攻撃しないということには繋がりません。もし、私の判断が遅かったら貴方はもうここにはいなかったかもしれない。だから……」

「――ッ」

「危ない事はしないで」

 悲しげな目をしながら、彼女はナリを見つめる。そんな彼女を見てたじろぐナル。

「わ、分かったよ……んで? これからどうする?」

「少しぐらいであれば、先程のように力は使えます。なのでナリ様だけでも」

「そうか。なら……一緒にアイツ等やっつけようぜ」

「えっ!? それは」

「大丈夫だって。一人より二人の方がいいだろ? ……俺が居たら足引っ張るか?」

「いえ、そういうわけでは――」

 ナリはそう聞いて「そっか。良かった」と、女にニカッと笑いかけた。女はナリのそんな笑顔を見てから、「一緒に」という言葉を繰り返し呟き何かを考える素振りを見せる。

 と、その時。

「どこにいったのかしら」

「ぜってぇに見つけてやる」

「もう、ゆる、さない」

 少し遠くから、あの三人の声が聞こえてきた。

「げっ、あいつ等もう」

「ナリ様」

 女はナリの右手に触れる。

「ナリ様。今だけでいいので、私を貴方の剣にしてください」

 決意を宿した目がナリを捕え、彼女は言葉を紡ぐ。

「我が階級は風の精霊。真名はエアリエル。汝を我がマスターとしココに契約の証を刻む」

 そして彼女は――エアリエルはナリの手の甲に口づけをした。

 口づけをされた右手には、彼女の瞳と同色の線が手の甲にある模様を描いていく。それはまるで風を感じさせる、かろやかでしかし強さを秘めた刻印だ。

 描き終わると、刻印は一瞬煌めきナリの手の甲を飾った。

「なに、これ」

「これは契約の証」

「契約? でもなんで」

「さっき『一緒に』と言ってくれたので。これで私の全ては貴方のモノ。力もなにもかも」

「そんなの――」

「さっ、奴等が来る前にひとつやる事が。ナリ様は風と聞いて何を想像しますか?」

「えっ、俺の意見は無視?」

「申し訳ありませんが、彼女達を倒すためにはご協力を。先程、一緒にと言ってくださったじゃないですか」

「……軽い感じ、綺麗、なんか速そう!」

 ナリは頭に浮かんだ単語を口に出した。エアリエルが少し吹き出す。

「笑うな」

「ふふっ。では、剣を右に握ってくださいな」

「こうか?」

「では、失礼致します」

 ナリはエアリエルに言われたように左手に握っていた剣を模様のある右手へと移す。

 そして彼女は彼の模様のある手に触れると、緑の光の筋が現れる。その間に光の筋は竜巻の様に渦を巻きながら、細身の剣を包んでいく。剣は輝きを取り戻していき、刃の部分には刻印と似たような、飾りが施されていた。柄頭には黄緑に輝くペリドットがある。

 ナリはその宝石をひと撫でする。

『美しいでしょ?』

「あぁ……ん!?」

 宝石から彼女の声がした。ナリは慌てて目の前を見るもエアリエルの姿は無かった。

『驚かせてしまい申し訳ありません』

「あのさぁ、もうちょっと説明してからやってくれよ……」

『時間がありませんので』

「まぁ、そうなんだけど」

 宝石から目を離し、真正面を見る。

 そこには、あの三人組がこちらを見ていた。三人はゆっくりナリの元へと近づきながら、剣をチラ見する。

「……まさか契約までしてしまうとは。本当に貴方には呆れしかありませんね」

 三人は再び手に玉を作り出し、構えだす。

 それに連られてナリも剣を構える。

「今度は容赦しませんよ」

「アンタ達が負けたら、アタイ達と遊ぼうね」

「遊ぼう、遊ぼう」

「遊ばねぇし、負けねぇよ!」

『私は死なない。絶対に、貴方達からナリ様を護ってみせる』