3篇 花ざかりの邂逅1


「つまんねえ」

 ナリは朝御飯である焼き立てのパンを口に頬張りながら喋った。

 兄妹が神族見習いになってから、早一か月。六月半ば、もうすぐ夏が始まる。

 そうはいっても、ユグドラシルのほとんどの地域は他世界に比べて夏は暑いものではなく、比較的涼しく短い。すぐに季節は秋にそして冬となり、世界を白銀へと変えていく。

 そんな短い夏を待ち構える外は雲一つない青空だというのに、ナリの顔は空の代わりに雲がかかっているかのように暗く感じる。

「どうしたのよナリ。うなだれちゃって」

 そんなナリに、デザートの葡萄を用意していたシギュンが首を傾げながら聞く。

「お母さん。兄さんね、仕事が書類整理とか雑用ばかりで不満が溜まってるの」

 うなだれるナリの隣で黙々と朝ご飯を食べていたナルが、彼の状態の理由を話す。

「ナルだってつまらないだろ?」

「でも私達は見習いなんだし、仕方ないよ」

「……で? 本心は?」

「……あまり、おもしろくはない、かな」

 ナルが目を逸らしながら言うと、「ほらなー」とナリが唇を尖らせる。

「俺はもっと戦いたいの!」

「そうねー。貴方達が生まれる前は殺伐としていたけれど、今は平和そのものだもの」

「それに! 父さんやバルドルさんと一緒に仕事するのも夢だったのに!」

「ふふっ。それこそ、見習いが外れてこそ近づく夢よ。今は辛抱して、自分の立場で出来ることをしなさい。ね?」

 ナリはそれを聞きながら渡された葡萄を、自分の不満と悔しさと共に噛んで飲み込む。

「ねぇ、二人共。朝ご飯をじっくり食べてくれるのはお母さん嬉しいのだけれど……もうそろそろ時間じゃない?」

 シギュンの言葉で兄妹は壁にたてかけられた振り子時計を見る。

 時刻はちょうど朝の八時。

「今日は他国に行くから集合が早く――」

「「行ってきます!!!!!」」

「……行ってらっしゃい」

 兄妹は上着を掴み、扉を乱暴に閉めて走って行ってしまった。

 その光の速さで出て行った彼等に向かって苦笑いをするシギュンは、彼等の食べ終わった皿を片付ける。

「本当に元気だなぁ」

「あら? おはようロキ。今日はまだ寝てていいんじゃなかった?」

 食卓を並べるテーブルの近くに、二階に繋がる階段がある。そこに居たのは、晴れやかな笑みを浮かべるロキの姿であった。

「おはよ、シギュン。楽しそうな会話が聞こえたから、ちょっとな」

「もしかして話聞いてた? なんとかなったりしないの、お父さん」

 彼の隣へと座ったシギュンは、おねだりするかのように上目遣いで聞く。しかし、ロキはそれを苦笑で済ませ彼女の額に口づけする。

「なんとかは出来ないよ。そういう条件だからさ。まっ、彼等の頑張り次第だな」

 彼の言葉に子供のように不貞腐れるシギュン。そんな彼女を愛らしく見るロキであった。

「まっ、ボク達の子供を信じようぜ。ナリとナルならきっと大丈夫さ。な?」

「……そうね」

 夫の言葉に安心したのか、シギュンは優しく微笑みを浮かべながら、彼の肩にもたれた。


 ◇◆◇


「「おはようございます!!!!!!!」」

 神の国の門前に、兄妹の挨拶が響き渡った。

「おはよう。ナリ君、ナリさん。集合の五分前だからそこまで焦らなくても大丈夫だよ」

 慌ててやってきた兄妹に、彼等の世話役であるテュールは彼等に優しく笑いかける。兄妹は彼の言葉に安心し、息を整え兄妹は背筋をピンと伸ばす。

「テュールさん、今日の俺達の仕事はなんですか?」

「そのお仕事の話の前に。君達は明日が何の日か知っているかな?」

 テュールの質問にナルが手を上げる。

「はい、明日はミッドサマーイヴです」

 ミッドサマーイヴ。

 それはこの時期に行われる、妖精族が主催する夏を祝う祭。

 妖精族は耳が尖っているのが特徴の種族であり、皆クリーム色の髪と茶色の瞳を持っている。ユグドラシルで一番自然を愛する種族であると言われている。そのため、多くの花が咲くこの季節を妖精族はおおいに楽しみにしているのだ。

 ミッドサマーイヴは多くの種族と祝いたいからという妖精族の配慮により、巨人族以外の多種族が参加することができる。

「ナルさん正解」

「じゃあ、俺達が呼ばれたのはそのミッドサマーイヴでの仕事ってことですか?」

「そうだよ。ひとまず今日は、妖精族の子供達と一緒に飾り用の花や花冠を作ってもらうね。さぁ、ひとまず行こうか。ここからなら昼頃には着くはずだ」

 兄妹は元気よく返事をし、テュールの後ろに付きながら妖精の国へと馬を走らせた。


◇◆◇


「着いた。予定通りだね」

「「おお……!」」

 丘の上から色とりどりの花が咲く国――妖精の国を眺めるテュールと兄妹。

 風が吹けば花の香りが身体中で感じられるその国では、明日のミッドサマーイヴの準備で忙しなく妖精族の民が動いている。忙しそうではあるもののその顔に辛そうな表情はひとつもなく、皆笑顔であった。

 少しだけ風が吹き、より一層花の芳醇な香りが彼等の鼻へと入り込む。

 ナルは香りをめいっぱい吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

「空気も美味しいし、花の香りも素敵!」

「久しぶりに来たな、ココ」

「ナリ君やナルさんはココに来た事が?」

「幼い頃に、両親に連れられて来たことがあります。よく覚えてはいないんですが、ココへはその一度きりだったかな」

「そうか。なら、仕事をちゃんとこなせたら。明日は自由時間にしてあげよう」

 テュールの言葉に、兄妹は顔をめいっぱい幸せで満たしながら「ありがとうございます」と元気よく礼を言った。

「よし、それじゃあ早速馬を預けてお昼ご飯にしよっか。ここの料理はとても美味しいし、飾りとして付いてる食べれる花とかも綺麗で美味しいよ」

「食べれるお花!」

「なにそれすげぇ!」

 そんな談笑をしながら、テュールと兄妹は妖精の国へと向かう。

「……っ」

 ふと、ナリが後ろを振り返った。

 そんな兄の行動に合わせて、ナルもそちらを振り返るもそこには何も無く、ただ自分達が走ってきた深い森が広がっているだけであった。

「兄さん、どうかした?」

「……誰かが見てた、気がして。いや、きっと気のせいさ」

 ナリは自分の感じた気配を無かったことにして、少し離れてしまったテュールとの距離を縮めた。