そして、豊穣の兄妹との勝負の日がやってきた。
その日はとても晴れやかな日で、太陽が眩しく輝いている。場所は神の国の裏側に存在する世界樹のある森につながる広大な草原。
その草原のど真ん中で、邪神の兄妹と豊穣の兄妹が睨みあい、その傍らには進行役兼審判役であるテュールが立っていた。
「準備はよろしくて、邪神の兄妹」
「この勝負、君達が負けたら双子キャラは僕達の物だよ」
豊穣の兄妹がニヤニヤと口元を歪ませながら話し出す。
「いや、双子キャラとかこっちはどうでもいい」
「なので、私達が負けても勝っても好きなようにその双子キャラは名乗ってください。ただ、私達が勝ったら--」
双子キャラ、なんてものに邪神の兄妹は勿論興味がない。だからこそ、彼等が勝った場合別のものを要求する。
「「私/俺達を認めろ」」
私達、俺達。ナリとナル、そして父親。
彼等が神騎見習いとしている事、ロキが神族となり邪神ロキとしている事。
気に食わぬ者もいるだろうが、それをとやかく言う権利などその者達にはない。
これは彼等の道であるから。彼等が自分の意思で決めた道だから。
それでも、その道を壊そうとする者がいるのなら――存在を認めさせるしかない。
邪神の兄妹の要求に、豊穣の兄妹は「いいだろう」とニタニタと笑いながら承諾した。どうせ、自分達には勝てないとでも思っているのだろうか、余裕の表情ばかりを見せている。
「なら、そちらが負けたら追加で我等の奴隷になってもらおう」
「「なっ!?」」
「さっ、テュール。勝負内容は? 確か、貴方が考えてくると聞きましたが?」
テュールが勝負内容を話すのを今か今かと固唾を呑みながら待つ四人。
「あぁ、勿論考えてきたよ。二組が正々堂々と戦える勝負内容は……栗鼠捕まえゲーム」
「「「「え?」」」」
四人共、テュールの勝負内容に関して顔をしかめる。テュールはその勝負内容を話しながら、後ろからある栗鼠を掴んだ手を出す。テュールに捕まってしまった栗鼠はジタバタと暴れている。
「栗鼠って、ラタトスクじゃないの。貴方また調理場でつまみ食いでもしたの?」
「フレイヤご名答。その罰として協力してもらうんだ。この子が勝てば今回はこれで許すけど、捕まったら追加で罰を与えるって事でね」
「テュール! ふざけてるのか!?」
「ふざけてない。至って真面目だよ?」
「我等からしたら馬鹿らしいゲームだ」
「ちょっと……折角考えてきた側に文句言うの? 勝負は勝負だ。コイツをこの草原内に解き放って、制限時間五分で先に捕まえた者の方が勝ち。さっ、やるの? やらないの?」
テュールの問いかけに、邪神の兄妹は「やります!」とテュールに詰め寄るかのように答えた。そんな二人をなだめながら、テュールは残り豊穣の兄妹の方へ顔を向けて「二人はどうするの?」と尋ねた。
「このまま勝負をしないというのも一つの――」
「「やる!」」
「……何がなんでもやるんだ」
豊穣の兄妹の切羽詰まった表情を見て苦笑するテュール。
彼は四人をスタート地点へと連れていき、それぞれ走り出す準備をさせ、ラタトスクの持つ手を地面に近付かせる。
「それでは……始め!」
ラタトスクが放たれる。
初めにフレイとナリが走り出し、逃げるラタトスクを追う。互いに走るのを妨害し合いながら、ラタトスクの真後ろまでやってくる。
手を伸ばし掴もうとしたものの、ラタトスクはその小さな身体を活かし、するりと二人の手をすり抜けた。ラタトスクは懸命に小さな四つの足を動かし走る。その先には、フレイヤとナルが待ち構えていた。彼が自分達の所に来るのを待ち、一気に掴みかかる。
が、その手もまたかわされてしまい、その代わりにフレイヤとナルの頭がぶつかりあう。
かなり、すごい音がした。
妹同士がその痛みでうずくまっている間、兄同士は懸命にラタトスクを追う。
そんな彼等を、テュールは温かい目で見守っていた。
そうして、制限時間は刻々と迫っていた。
「残り三十秒だよ〜」
「「「「えっ!?」」」」
テュールからの残り時間の報告を聞いた四人からは、驚きの声を合わせながら上げる。
「兄さん、どうしよう……」
「……挟み撃ちだ。行くぞ、ナル!」
「それさっきから何度もやってるじゃない!」
「フレイ兄様、私達も!」
「勿論。奴等には捕まえさせないさ」
二組とも挟み撃ち作戦を決行し、ラタトスクの行く道行く道をもう残り少ない体力を削りながら塞いでいく。だが、体力が少なくなってきているのは彼等だけではない。
四分間も追われっぱなしのラタトスクとて例外ではないのだ。
ラタトスクは何度も何度も彼等に行く道を塞がれた影響で、少ない体力が根こそぎ取られていってしまう。
なんとしてでも逃げなければいけないという意識の中で、ほんのちょっと脚を止めて休みたい、という考えが彼の頭に過ぎる。ラタトスクは背後に彼等がまだ追いついてないのを確認してから、脚を動かすのを止めた。
「残り五秒」
残り時間を聞いて、ようやく終わるのかと安堵するラタトスク。
しかし。
「「捕まえたっ!」」
安心したのも束の間、休んで緩んだせいか、ナリとフレイが背後に近付いてきていたことに気付かなかったラタトスク。すぐに走り出そうとしたものの、自分の脚より彼等の手が自分の身体を掴む方が速かった。
それは、どちらの手か……。
「よっしゃああああ!!」
ナリの手であった。
ナルはすかさずナリの元へ駆け寄り、ラタトスクも一緒にぴょんぴょんと飛び跳ねながら勝った喜びを分かち合っていた。負けてしまったフレイとフレイヤは、そんな彼等を歯軋りが聞こえそうな程の口をしながら悔しそうに睨んでいた。そんな豊穣の兄妹の後ろへと回るテュール。
「勝負あり、だね。宣言通り彼等の事認めなよ?」
「……分かってるさ」
「ルールだもの。それぐらい守るわ」
「聞き分けが良くてよろしい。……で。さっき君達は追加で奴隷になってもらうとかなんとか言ってたけど……ナリ君とナルさんも何か追加しとく?」
「「っ!?」」
テュールに提案された邪神の兄妹は、ラタトスクで遊ぶのをやめて二人でコソコソと話し出した。話が終わると、豊穣の兄妹の方へと近付く。豊穣の兄妹は後ろへと下がろうとしたものの、ニコニコと微笑むテュールによってそれは止められてしまう。
そうして豊穣の兄妹の目の前へとやってきた邪神の兄妹は、彼等に向かって手を出し、こう告げた。
「「私/俺達と友達になろう」」
その言葉に豊穣の兄妹はキョトンとした顔をする。
友達。彼等には無いもの。
「な、なぜ友達なんて」
「私達、貴方達に初めて会った時……嫌な事ばっかり言ったのに」
「なんだ、自覚あったのか。なら良かったよ」
「なら、友達になったらああいうこと言うの無しですからね。友達として傷つくので。勿論、お父さんの事も」
「で、どうするの?」と差し出した手を再度強調させるかのように、豊穣の兄妹へと突きつける邪神の兄妹。
豊穣の兄妹はお互いに数秒間見つめ合ってから、深く頷き、差し出された手を握る。
それが彼等の答え。
邪神の兄妹は彼等から渡された答えがそんなに嬉しいのか、満面な笑みを見せながら握られた手を強く握り返した。
「……これが俗に言う、青春ってものなのかな」
と、一人残されたテュールが楽しげな雰囲気を出す彼等に対しそう呟いた。
◇◆◇
そして次の日。
兄妹はいつものようにヴァルハラ神殿の扉を開ける。開けた瞬間に感じる、いつもの冷たい目線。いつもの朝の風景。
けれど今日は、そのいつものが変わる。
「「邪神の兄妹!」」
そう大声呼ばれた兄妹は足を止め、声のした方を振り向くと、そこには豊穣の兄妹が仁王立ちでいた。
豊穣の兄妹は邪神の兄妹へと近付いていくと、周りにいる者達はハラハラとした緊迫した表情を見せる。
そう、彼等はまだ知らないのだ。
この兄妹達が。
「「おはよう」」
「「……おはよう!」」
友達になった事を。