2篇 邪神の兄妹と豊穣の兄妹3


「「勝負だ! 邪神の子供!」」
 突然現われた茶髪の顔のよく似た男女は、髪と同じ茶色の瞳で兄妹を睨みつけながら、勝負を持ち掛けてきた。そんな彼等がどこの誰かさえも知らない兄妹は目を閉じる行為を忘れて目を丸くする。その二人の着ているものは、兄妹と同じ軍服であった。
「フレイ、フレイヤ、いきなりなんだい?」
 テュールが彼等の名を叫ぶと、フレイとフレイヤはテュールの存在など無視してズカズカと部屋の中へと入っては兄妹の目の前までやって来る。
 豊穣の男神――フレイ。そしてその妹、豊穣の女神――フレイヤ。
 フレイは髪をキッチリとまとめ、フレイヤは毛先を愛らしく巻いてある。この兄妹、フレイは誠実そうでフレイヤはお人形のような愛らしさがある、のだが——。
「さぁ、邪神の兄妹よ」
「勝負の準備をしましょうか。言っておくけれど、拒否権は無いわよ」
 それは黙っていたらの話である。
 フレイとフレイヤ――豊穣の兄妹に睨まれ続けるナリとナル――邪神の兄妹。
 邪神の兄妹はお互いの顔を見て、大きく頷いてから再び豊穣の兄妹の方へと顔を向け、ナルがおずおずと手を上げる。
「あの。一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、許しましょう。なんです、邪神の妹の方」
 そんなナルをフレイヤはビシッと指をさす。
「お二方はなぜ私達に勝負を? それをして何の意味があるのでしょうか?」
 その質問に、豊穣の兄妹はお互いに顔を見合わせ、深呼吸をする。
 そして声を合わせ――。
「「双子キャラが被ってるから、それをかけての勝負よ!/だ」
 と、大真面目に言った。
「あの邪神の子供が神族見習いになったと聞いて来てみれば」
「私達と同じ双子の兄妹とは! 設定被ってるじゃない!」
「だからこそ、君達と戦いに来たのさ! 双子キャラをかけて!」
「さぁ、鍛錬場まで武器を持ってついてきなさい!」
 そうして彼等はそれぞれ腰に携えていた武器を構える。
 フレイは金で装飾された美しき剣を。フレイヤはどこからともなく現れた純白の猫を従えながら琥珀の宝玉のついた杖を構える。その剣と杖の周りにはユラユラと黄土色の光のようなものが渦をまいていた。
「いや、ちょっと待ってくれよ! 俺達はアンタ達の喧嘩を買うつもりはない!」
「それに私達には魔法が使えません。勝負をするなら不公平です!」
 焦る邪神の兄妹の言葉を聞いて、豊穣の兄妹は口をポカンと開ける。そして。
「「アハハハハハハ!」」
 豊穣の兄妹は大笑いをする。勿論、邪神の兄妹に向けての嘲笑だ。
「邪神の子供は魔法が使えないとは!」
「邪神の子供が無能だったなんて、時間の無駄だったようね」
「やはり神族になれたのも、オーディン様のお気に入りである邪神のコネか」
「フレイ兄様、この者達はまだ見習いですわよ。み・な・ら・い」
「あぁ、そうだったね我が妹フレイヤ。じゃあ君達は一生見習いだ」
 彼等の物言いに、ナリの顔から怒りが顕になる。
「――ッ! アンタ等さっきからなんなんだ! 魔法が使えなくたって俺達は」
「お・れ・た・ちは? 立派な神族になると? 魔法が使えないでどうやって? あぁ、そうかまたコネを使うわけか。父親である邪神のコネを」
「夢を語るなら誰でも出来るわ。でもそれを実現するには力が必要。でも貴方達はその力が無いのだから、諦めなさい」
 豊穣の兄妹は邪神の兄妹に今までよりも、とびっきりの笑顔で言い放つ。
「「醜い巨人族であった邪神ロキと共に消え失せろ」」
「「ッ! そ――」」
「そこまで!」
 兄妹の顔が怒りの色へと変わった、その瞬間――四人の間に一本の剣が床に突き刺さる。四人はその剣の柄を握る者の手からゆっくりと順番に顔を見るとそこには、ニッコリと笑うテュールの顔があった。
「フレイ、フレイヤ……君達、いいかげんにしなさいね」
 この笑顔は喜で笑ってるのではない怒で笑っているのだと、この中の誰もが理解し、邪神の兄妹が怒られたわけでもないのに、四人が弱々しく声を揃えて弱々しく返事をした。
 それを聞いたテュールは「ありがとう」と言って、剣を引き抜いた。邪神の兄妹が剣の刺さっていた床を覗き込むと、下の階まで通り抜けており、二人は顔面を蒼白させる。
 下の階で作業していた者がいたのか、「何事だ!?」と騒ぎ出していた。それに対しテュールは「後で直すから、少し待っていて」と言ってから、四人へ顔を向けた。
 それに合わせて、それぞれ背筋がピンッと伸びる。
「ひとまず。もろもろ仕事を片付けてから……そうだな、明後日でもいいかなフレイ、フレイヤ。今回彼等は初めてここに来たんだ。教えることも沢山ある。それを君達の我儘で身勝手な行動に邪魔されたくないんだ、分かった?」
 テュールの話に、豊穣の兄妹は彼の言葉一つ一つに相槌を打つ。二人への説教が終わったのか、今度は邪神の兄妹の方へと顔を向けた。
「ごめんよ、二人共。勝負しないと言っても彼等はしぶといからね。君達には悪いけど彼等の我儘に付き合ってもらってもいいかな?」
 彼は二人に苦笑した顔のまま謝りながら、そう話した。それを聞いた二人はあまり納得出来ていないものの、「分かりました」と返事した。
「よし。それじゃあ、フレイとフレイヤはとっとと持ち場へ帰る!」
「「はーい」」
 テュールに言われ、豊穣の兄妹は怠そうに返事をしながら部屋を後にした。
 最後にチラリと邪神の兄妹を睨むのを忘れずに。

 ◇◆◇

「あの二人は豊穣の神フレイと女神フレイヤ」
 貫かれた床の修理は兵士に任せ、兄妹はテュールから先程の二人についての話を聞く。
「豊穣の兄妹は神族の中でもかなり強い子達でね。土の属性の魔法を使うんだ。黙ってたら美男美女で強いから、皆一目置いてるのだけど……。まぁ、さっき見てもらったように彼等は性格に難がある。そしてプライドも高い。だから神族の中でもロキとは違う意味で浮いてる」
「テュールさん、勝負の事なんですが……私達はどうしたら」
 ナルが不安げに聞くと、彼が「それは大丈夫」と指を鳴らす。
「ちゃんと、君達が不利にならないよう平等に勝負が出来るようにしてあげる」
 テュールの言葉を聞き、ナルは安堵のため息をこぼす。
「さっ、ようやく仕事の話だ。時間があまりないから早口で進めていくからついてきてね」
 兄妹の意志のこもった瞳と元気な返事を聞いて満足気なテュールは、手を叩いてから今までほったらかしていた兵士を返し、仕事について話を変える。
 兄妹はテュールが話す仕事について耳を傾けながら、明後日行われるであろう勝負について彼等の頭の中でぐるぐると巡っていた。


 ◇◆◇

「あー、やっぱり絡まれたか」
 その日の夜。家族四人で食卓を囲んでいる時に、兄妹はロキに今日出会った豊穣の兄妹の事について話すと、彼は予想していたかのような口ぶりで苦笑いを見せる。
「やっぱりって。父さん、分かってたのか?」
「ボクは彼等とちゃんと喋った事無いからよく知らないが、色々と癖の強いやつだとはバルドルから聞いてた。双子って点で色々と興味持つんじゃねーかな、とは予想していただけさ」
「その双子キャラが似ててキャラ被りだとかなんとか言われても、私達にとってはどうでもいいんだけれど」
 兄妹は「だよなー/だよねー」と口を揃えて不機嫌な顔をする。
「あら、でもいいきっかけじゃない」
 皆に水を渡しながら、なぜか楽しげにそう言うシギュン。
「そうやって色んな神族と知り合っていけばいいのよ。バルドルさんやトールさんは一年前から色々とお世話になっていたけれど、これからは他の神族とも仲良くしなくちゃ」
 仲良くする、という言葉に兄妹はいささか不安な顔をしながら今朝の出来事を思い返す。
 冷たい目で自分達を見る神族。彼等と仲良くする、という選択肢のカードを取る勇気を兄妹はまだ持てなかった。
「でもまぁ」とシギュンはロキの隣に座り、彼の頬を執拗につつく。
「このお父さんの事もあるだろうしね。色々大変だろうけど頑張ってね。ナリ、ナル」
「シギュン、ちょっ、つつくの、やめっ。あとこのってひどく、あの、だからさー!」
 ロキが静止の声を上げているにもかかわらず、シギュンは「なんだか楽しくなってきた」と瞳をキラキラさせながら止めようとしなかった。兄妹はそのお父さんの事について指摘していいものかと悩みながら、そんな夫婦の楽しんでいる様子を止めることなく眺め続けた。