一篇 待ち望んだ日3


 窓から見える空は夕刻の色に染められ、その空からの橙色の光がさす廊下を、兄妹とホズはバルドルと烏達に連れられ歩いていた。

 そうして可愛らしい装飾品で飾られた扉の前に立ち止まる。中からは少し騒がしい声が聞こえ、バルドルは扉を二回ほど叩くと、騒がしく聞こえていた声がプツンと聞こえなくなった。

 それを合図にバルドルが扉を開ける。

「ナリ君、ナルちゃん! おめでとう!」

「「うっ」」

 その瞬間、謎の巨体がナリとナルに向かって突進して思いっきり抱きついた。

「あ〜! やっぱり服よく似合ってるわぁ〜!」

 謎の巨体、フリフリとした白いドレスを身にまとう屈強な男は兄妹を絞め殺さんばかりに抱きしめている。兄妹が苦しくもがいているのにも気付かずに。

「トール! ストップ、ストップ! ボクの子供を殺す気か!」

 と、そんな彼――トールを後方にいたロキが慌てて止めに入る。

「あらいやだ、アタシったら」

 ロキの声を聞き、トールは兄妹を腕から離した。

「おい大丈夫か?」

 ロキは息を整える兄妹の元へ駆け寄ると、二人ともロキに向かって親指を立てる。

「大丈夫だよ父さん」

「これぐらいならもう慣れたから」

「頼むから慣れないでくれ」

 そんな兄妹とロキにしおらしくなったトールが近づく。

「ごめんなさいね。ナリ君、ナルちゃん。あたし、貴方達が見習いになったから嬉しくって、つい……。大丈夫? 食べれそう?」

「食べるってなにをです、か……」

 兄妹やバルドルとホズは、トールの背後にあるものに目を奪われる。そこには天井につきそうな程の特大サイズのショートケーキが置かれていた。

「でっかっ」

「トールが君らのお祝いに作ったんだと」

「張り切りすぎちゃった」

 語尾に音符がつきそうな口調で陽気にトールは言う。

「でもこれ食べきれないですよ?」

「流石に後で他の神族達にわけるわ〜。さ、今から切り分けますがバルドル様お時間は?」

「大丈夫だよ。ゆっくり食べる時間ぐらいはある」

「かしこまりました!」

 バルドルの時間を確認したトールは切り分けるためにナイフを手に取った。

 そんな彼に、ナルが駆け寄る。

「トールさん、手伝います」

「あら、悪いわ。これは貴方達のお祝いケーキなのに」

「だからこそ、私は自分で切り分けたいんです。……ダメ、ですか?」

 ジッと彼女に見つめられたトールは、「仕方ないわね」と言って彼女にナイフを手渡す。それを受け取ったナルは慎重に綺麗にケーキを切り分けていくと、その最中にトールが「良かったわね、ナルちゃん」と話しかける。

「見習いとはいえ神族として他国を視察しに行くことはある。だから彼にまた会えるわ」

 トールの言葉に、ナルは顔一面に満悦らしい笑みを浮かべて「会える日が楽しみです」と答えた。


「なぁ、ホズさんって今いくつ?」

 ナルとトールによって切り分けられたケーキを食べながら、ナリがホズに問いかけた。

「なんだい、ナリ君。【藪から棒に】」

「や、やぶ?」

 ホズの意味の分からない言葉にナリは目を丸くさせる。

「あぁ、さっきのは『前触れや前置きのない』という意味さ。異世界の【ことわざ】というものだよ。で? なんでまた僕の歳を?」

「へぇ〜そんなの知ってるんだ……。えっと、深い意味は無いというか……見た目的に歳が近そうだからどうなのかな、って。やっぱりホズさんも金の林檎食ってんの?」

 ナリの問いかけに対しホズは「もちろん」と答える。

「金の林檎を食べて若返る、寿命をのばすのは神族ではもう当然の事だからね。ロキや兄様は二十代程の外見をしているが、千歳は超えているし。父もとうに一万歳はゆうに超えてる」

「うわ、流石最高神さまさまだ。って、やっぱりかなり年上か……」

「……君ぐらいの歳なら、人間の国にいるじゃないか。そこに住んでるんだし、交流ぐらいしてるだろ? 友達だとか、君の性格なら居そうだが」

 ホズそう聞くと、ナリはバツの悪そうな顔をする。

「そうなんだけど……やっぱり対等な者同士として見てもらえないから、友達だって言えないんだよ」


「……欲深い願いだな……」


「っ。ホズさん、何か言った?」

 そんなナリに対し、ホズは「何も言っていないよ」と笑顔で答えた。首を傾げるナリに今度はホズが言葉を投げかけた。少しだけ照れたような顔を見せながら。

「ねぇ、ナリ君。君がよければなんだけれど……僕等、友達にならなっ――!?」

「本当か――!?」

 ナリはホズの肩を強く掴み、大きく揺さぶる。それはナリの顔の次に感情を現わし、表情を見れないホズにとって、それは彼が自分の提案を喜んでくれているのだと理解できた。

「ほっ、本当、本当だから揺さぶらないで! ケーキが落ちる、というか落ちてるかも!?」

「ごっ、ごめんなさい! あとケーキは落ちてない!」

 ナリはホズの肩から腕をすぐに離し、その場で姿勢を正すしホズに向き直る。

「そんじゃ……これからよろしく。ホズさん」

「あっ、ずるい! ……あの、私もお友達になってもいいですか?」

 二人の様子を見ていたナルも割り込み、ホズへと頼みこむ。ホズはそんな兄妹の言葉を聞くと、少しだけ口をぽかんと開けていたが、少しだけ笑いながら「もちろんだよ」と言って兄妹に向かって手を差し出した。

「これから友達としてよろしく。……ナリ、ナル」

 ニコニコと笑みを浮かべながら手を繋ぎ合う三人を、バルドルは穏やかな笑みを浮かべながら眺めていた。


◇◆◇


 月が夜空で佇む時。人間の国の丘に、ある一軒家があった。

 その家の中では銀色の艶やかな髪を楽し気に揺らしながら、彼女は台所に立ち、晩御飯の支度をしながら家族の帰りを待っていた。最後の一品を皿に盛りつけ終わると、彼女の耳に風で運ばれた微かな話し声が聞こえてきた。それを聞いた彼女はすぐに扉を開ける。そこには帰りを待っていた彼女の家族――ロキ、ナリ、ナルがこちらに歩いてきていた。

 三人は彼女の存在に気付くと、満面の笑みで。

「「ただいま!」」

「おかえ――っ!?」

 と、兄妹は言いながら彼女の胸へと飛び込んだ。

「きゃっ!」

「シギュン!」

 そんな彼等を細い腕でなんとか受け止めながら、「大丈夫よ、ロキ」と慌てるロキにそう返し、彼女は銀色の瞳を輝かせて兄妹を見る。

「ふふっ、随分と元気がありあまってるわね」

「だってさー! 今日はただ話聞くだけだったんだぜ? そりゃ元気一杯さ!」

「あのねお母さん。今日、トールさんがお祝いにおっきなケーキを作ってくれたの。とっても美味しかった!」

 その兄妹の話に、シギュンは唇を尖らせる。

「……あら、そうなの。じゃあ、お母さんのご馳走やケーキはもういらないわね。残念。美味しくできたのに」

「「そんなこと言ってない! 食べるよ!」」

 泣き顔を見せる兄妹に対し、「冗談よ」と意地悪な笑みを見せてシギュン。そんな様子を見ていたロキは、笑いを堪えながらシギュン達に話しかける。

「こんな所でじゃなく、中に入って話そうよ。シギュンの折角の料理が冷めちゃうだろ」

 彼の話を聞いた兄妹は「それもそうだ」とシギュンから離れ、家の扉へと向かう。

 そんな彼らの背に向かって、シギュンは「そうだ」と声を上げ、満面な笑みで言った。


「おかえりなさい。ロキ、ナリ、ナル」

   そんな彼女に対し、三人も笑顔で返す。

「「「ただいま」」」