金で装飾された王の間に、緊迫感を漂わせる五人が真剣な面持ちでいた。
玉座には老いた姿をしてはいるものの、厳かな風格を漂わせる輝かしい金色の髪と優しげな瞳をした男。その王を守るかのように、両脇には二人の若い男が立っていた。
右脇に、彼とは負けず劣らずの輝かしい金の髪と瞳をした誠実そうな印象を持つ男。
左脇に、橙の髪を三つ編みにし飄々とした印象を見せる男。彼は緑の瞳を細め、自分達の前に立つ銀の髪と瞳をした顔のよく似た男女に対し口元を綻ばせていた。
「ナリ」
「はい」
少年が、一つに結った髪と頭のてっぺんで跳ねる毛を小さく揺らし前に出る。
「ナル」
「はい」
少女が、横髪と頭のてっぺんで跳ねる毛を小さく揺らし前に出る。
そしてお互い、我等の王である最高神の前に跪く。彼を見る二人の瞳は、少年の左手側に少女の右手側の耳を飾るひし形の緑の宝石と同じように輝き、揺れる。
彼等の心を現すかのように。
なぜなら今日は――。
「本日より、お主達を神族見習いに任命する」
最高神の言葉に兄妹は口を開こうとした。
「のう」
の、だが。
「もういいかのぅ? 兄妹に向かって堅い挨拶はどうも落ち着かん」
「「「「…………………………」」」」
四人は最高神オーディンの呑気な声音と共に出した言葉に、口をポカーンと開ける。
そして心の中でこうも思っていた。
なんとも彼らしい、と。
「お父様、後は兄妹の返答の言葉のみだったのですが」
溜息混じりに父であるオーディンに話しかけたのは右脇にいた彼の息子光の神バルドル。
「オーディン。彼等、朝から緊張しっぱなしだったんだから、もうちょいなぁ」
左脇にいた男、邪神ロキも彼に対し呆れた声を出す。
「ははは。すまんなぁ」
「「あの……」」
「む。ナリ君、ナリちゃん。すまんなぁ、もうくずしてよいぞ」
オーディンが微笑みながらそう言うと、兄妹ナリとナルは頷き立ち上がる。
「ふむ。よく似合っているなぁ」
兄妹はロキやバルドルが着ているような白い軍服に身を包んでおり、その兄妹の姿をマジマジと見るオーディン。彼の褒め言葉に兄妹は頬を染め、元気よく笑顔で礼を言った。
「そりゃそうだろ」
と、ロキがそんな彼らの後ろへと周り、ニヤリと笑いながら抱きつく。
「ボクの子供なんだから、似合って当然」
父親に抱きつかれてナルは嬉しそうだが、ナリは少し嫌そうで引き剥がそうとしている。
「まったく。あなたの親バカっぷりは微笑ましいな」
「なんだよバルドル。喧嘩売ってるのか?」
「そんなわけないだろ。良い意味でだ」
バルドルが三人の様子を見て少しだけ口角を上げる。
「失礼します。扉を開けていただいてもよろしいでしょうか?」
と。和やかな雰囲気になっていた時、扉の向こうから凛々しい女性の声が聞こえてきた。
それを聞いたロキは兄妹から離れ扉を開けると、そこにいたのは二羽の烏であった。
「こんにちはオーディン様、バルドル様、ロキ様。ナリ様とナル様をお迎えに参りました」
先程と同じ凛々しい女性の声が、その烏の一羽から発せられる。呼ばれた兄妹は、オーディンとバルドルに頭を下げ、烏の元へと向かった。
ロキはそんな兄妹の頭を撫で、「行ってらっしゃい」と声をかける。
それに応えるかのように、兄妹は元気よく「行ってきます」と言って烏達と共に廊下を歩いていった。
ロキはその後ろ姿が見えなくなると、扉を閉めてオーディン達へ向き直る。
「ありがとな、オーディン」
ロキがオーディンに向けて礼を言うと、オーディンはにこやかに答える。
「なーに、礼などいらぬ。それにお主から礼を言われると少々こそばゆいしのぉ」
「うるせ」
とふざけたように話したオーディンは「まぁ」と、顔から笑顔を無くすと、その場の空気が、
また重くなる。
「初めにこの話を出した時にも言ったが……わしは兄妹に夢への切符を渡したまでじゃ。まず、お主の子供なのだから権利は当然あるしの。実際に神族の仕事に触れ、神族の仲間入りとなるに値する強さを持つことが出来るかは彼等次第。わしも。バルドルも。そして父であるロキ。お主も手出し厳禁じゃ。それは、分かっておろうな?」
「あぁ、もちろんさ。彼等を邪神ロキの子供ではなく、ナリとナルとして見られる為にもな」
ロキは目を閉じ、愛しい兄妹の姿をまぶたの裏に映し、優しく語る。
「……自分はいいのか……」
「っ。? バルドル、何か言ったか?」
ロキが、おそらく何か言ったであろうバルドルへ問いかける。が、彼は「別に何もない」と言うだけであった。
「オーディン様、ブリュンヒルデです」
と、扉がコンコンと叩かれる音が鳴り、オーディンが「良い、入れ」の言葉でそれは開き一人の戦乙女が中に入る。
「失礼します。――っ」
その戦乙女は一歩前へ出ると、ロキが自分の隣にいる事に気付き--すぐにそらした。
「……。じゃあ、ボクはもう行くな」
「あ、ロキ。……ではお父様、私も失礼します」
「うむ」
ロキはそそくさと出ていくと、バルドルも彼の後を追う。
二人が出て行った廊下からは、二人の騒がしい声が聞こえる。オーディンはそれが心地よい音楽かのように優しい笑みを浮かべた。
「さて。これからどんな面白いことが起こるかのぅ」
◇◆◇
「「改めまして。神族見習いへの就任、誠におめでとうございます。ナリ様、ナル様」」
「ありがとよ。フギン、ムニン」
「ありがとうございます」
ヴァルハラ神殿の廊下にて、フギンがナリの右肩にムニンがナルの左肩に乗りながら祝いの言葉を向ける。
「って。ごく自然にそこにいるけど、アンタ等俺達の肩好きだよな、ほんと」
「乗り心地がいいもので、つい」
「やっぱり親子だからなのかな。ロキの肩も君達と同じくらい乗り心地がいいんだよね」
その親子という言葉にナリが拳を握る。
「フギン、ムニン。その目でちゃんと記憶しとけよ。やっと夢に一歩近付くんだ。俺は絶
対、最強の神族になって父さんに『参った』『すごいな』って言わせてやるかんな!」
二羽に向かってそう宣言する彼に、二羽は互いの顔を見てフフッと笑い合う。
「ロキ様なら今でもすごいと言ってくださいますよ」
「参ったも言いそうだよね」
「今じゃ駄目。そんなの絶対お世辞じゃん。俺は、本気の父さんに勝って言わせてぇの!」
目を輝かせ張り切る彼に対し、ムニンは「まぁ、そんな事言う前にバルドル様から一本ぐらい取らないと」。悪びれもなく彼女がその名を出すと、ナリは顔をしかめた。
「うぅ……父さんの前にバルドルさんか……。ボス戦の前にボス戦をする感覚」
「そうそう、そのバルドル様からご伝言が。話が終わり次第みっちり稽古をする、とバルドル様から伝言を預かっておりますゆえ」
「げっ」
ナリとフギンが騒がしく話す姿を、口元に笑みを浮かべながらただ眺めているナル。
そんな彼女に、ムニンは問いかけた。
「ナル様は、どう思ってるの?」
「何をですか?」
「神族見習いになってだよ」
ムニンの問いかけにナルは顎に手をかけ「そうですね……」と考える素振りを見せる。
「私は……見習いでもお父さんの役に立てたら、いいなって思います。もちろん仕えるのはオーディン様ですが、その側にいるお父さんの役に立てたら、私はそれで……」
「役に立つって、例えば?」
「た、例えば? ですか」
ムニンは突っ込んだ質問をナルに投げかけた。
父の役に立つ。例えばそれは何をすれば彼の役に立つと言えるのだろうか。唸りながら考えるも、彼女の中では明確な答えは出そうにも無かった。いや。あるにはあったが、それは自分には出来ないと諦めているものがあった。
「……多分、私も兄さんみたいに戦えたら、それが一番お父さんの役に立てると思います。でも、女性は戦う者ではなく祈る者だから。祈りは大事です。それは分かってはいるつもりですが。……役に立つって考えると難しいですね」
ナルの少し悲し気な顔で話す姿を見たムニンは、彼女に向かってこう言った。
「ナル様がそれでいいならいいけど。……祈りだけで物足りないなら、二人の傍にいたいなら。諦めないで」
ムニンの珍しく真剣な眼差しと物言いに、少しだけ息を飲んだナル。そんな彼の言葉に失礼のないよう、ナルは「はい」と意志を持ってそう返事をした。
「そういやさ。俺達どこまで歩いてるわけ?」
ナリが疑問を口にすると、フギンがそれに答える。
「ある御方のお部屋ですよ。そこで御二方には、この世界の事と神族について改めてお勉強して頂きます」
「えぇ〜。今更じゃん」
「これから見習いとはいえ神族という立場になられるのですから、その立場から世界を知っておいてほしいのです」
「あとね、それを教えてくれる人を二人に紹介しておきたいって、バルドル様の願いでもあるんだよ」
「その方はどんな方なんですか?」
「そういうのは実際に会った方が早いよ。ほらほら、もうすぐそこだから」
兄妹はフギンとムニンに背中で忙しなく羽ばたかれながら、その相手の居る部屋まで急いだ。