暗い。
「――」
冷たい。
「――」
痛い。
「――」
「――」
誰かが何かを叫んで。
「「ナリ様!/ナル!」」
「「わっ!?」」
耳元で叫ばれ兄妹は素っ頓狂な声を出しながら目を覚ます。
しかし。
「えっ、よく見えない……。俺、目開いてるのに」
「私も……」
兄妹は目を開けているというのに、一向にその目には光が入らず、闇が続くばかりである。
「っ! ちょっ、今私の手を触ったの誰!? 兄さん!? あれでもモフモフしてる」
「俺じゃねーよ! まず俺の手にも誰か」
「「私です/俺様だ」」
「「わっ!?」」
本日二度目の素っ頓狂な声。
兄妹の耳元で話し、彼らの手を触っていたのは。
「「エアリエル!/フェンリルさん!」」
「はぁ、やっと分かっていただけましたか……」
「貴様等、声だけで分かれ。何度も叫ばれると反響して煩いだろうが」
安堵のため息を漏らすエアリエルと小言を漏らすフェンリル。二人の存在に兄妹は安心するものの、すぐに自分達の状況に顔を強ばらせる。
「なぁ。なんでこんなに暗いんだ? それに……すげぇ寒い」
ナリが自分の腕をさすりながらあたりを見渡す。とはいっても、まだ目に光が灯らないため、何をしても意味が無いのだが。
「私達、確か黒い何かに捕まえられて。それで穴の中に……そう、穴の中に落ちた!」
「穴って。じゃあ、ここってまさか」
あの炎に開いた黒い穴。死の国の入口。彼等は何者かの手によって、死の国へ招かれてしまったのだ。死の国は冷たい風が音を立てながら吹き荒れ、その風にのって、地上にはない気分が悪くなりそうな異質な匂いが漂う。
「エアリエル達はなんで」
「それはもちろん! ナリ様とナル様が心配で! お怪我はありませんか?」
「あぁ、見えないからよく分かんねぇけど……。身体中痛いってだけだし、多分大丈夫だ」
「私も……杖の宝玉、傷ついてないといいけど」
「それはエッグセールが作ったんだ。そんじゃそこらじゃヒビさえも入らない。安心しろ」
「はい。……フェンリルさんも来てくれたんですね」
「俺様は危ないから引き留めようとしたんだが、コイツが聞かなくてだな」
「フェンリルもナル様のことを心配していましたのに」
「ぐっ……。まぁ、テュールや貴様等の母親にちゃんと連れて帰ってくるって約束して、傍にいた俺様達が代表してここに来たってわけだ」
フェンリルの言葉の中で母親の事を出された兄妹は、ふと帰った時の母親の姿を思い浮かべた。最後に「気をつけて」と言われたというのにこの有り様だ。きっと、泣きわめきながら怒られるに違いない、と。
「うん、二人共来てくれてありがとう。で、帰るにしてもどうやって帰るんだ? 入口か?」
「いや。入口は俺様達が入ったらすぐに閉まってしまってな」
「えっ。そんな」
「心配するな。この死の国に棲む竜ニーズヘッグに頼めばいい。俺様もそうやって死の国へ連れて行ってもらっているからな」
ナリやフェンリルが帰るための話し合いをしているも、ナルは浮かない顔をしている。
それに気付いたナリが彼女に呼びかける。
「ナル。どうした?」
「……兄さん、帰ってもいいのかな?」
「え、なんでだよ」
「だって。【タスケテ】って言われたの、聞こえなかった?」
「……聞こえた」
兄妹は穴に落ちる際に聞こえていた声を覚えていた。
悲しい声で訴える、【タスケテ】の声。
「助けて、助けて、女王を助けてって。声が聞こえて、それで私達は此処に」
「ヘラに何かあったというわけか!?」
「私達には分かりません。そう聞こえただけで……。でもきっと、使者が来なかったのにも関係があるはず」
「まさしく、その通りです。お嬢さん」
「「「っ!?」」」
「……貴様」
兄妹はまだ目が慣れていないものの、彼等の前に何かが近付いてくる。男の声だ。
「驚かせてしまい申し訳ない。オレはガルム。死の国の番犬だ。そして、貴方達を連れてきてしまったのは意思が移った使者だ」
だんだんと近付く、申し訳なさそうな声。兄妹は目を凝らしながらその姿をとらえようとする。そうして、ようやく暗がりに目が慣れ始め、ガルムの姿が彼等の目に映る。そこには黒い毛並みに赤い鋭い目をした大犬がいた。
「ガルム。これはどういう事だ。ヘラに一体何があった」
フェンリルは切羽詰まった声でガルムに問い詰める。
「フェンリル殿、まさか貴方が近くにいてくれていたとは……。今日はいたっていつも通りに、女王はヴァルプルギスの夜が始まるのを楽しみに待っていました。しかし、急に使者が暴れだしたため女王の様子を見に行けば、いつもの女王とは違う、禍々しい物を抱いた女王がそこにいて」
ガルムの話を聞いたフェンリルは「まさか……」と小さく呟く。
「女王に一体何が」
「それは分からない。調べる前に使者達が我々を襲ってきたので……。使者はそのまま多くの国を繋ぐ入口に入ろうとしていたため、今は戦える死者とニーズヘッグで抑えている。しかし、使者は女王が死ぬまで増え続ける道具。殺っても殺ってもキリがない。つい隙をつかれて、人間の国の入口へと行かせてしまい」
「ガルムさん。さっきアンタは意思が移った使者って言いましたよね? それはどういうことですか?」
「これはオレの憶測でしかないのだけれど、先程貴方達を連れてきてしまいオレが倒した使者には、まだ僅かにあった優しい女王の意識が移っていたのではないかと。だから、【タスケテ】と貴方達に助けを求め、連れてきてしまったのだと」
「……」
ガルムは「まだ子供である貴方達を巻き込んでしまってすまない」と頭を下げるのを、兄妹はジッと見つめる。そして互いの顔を見合わせてから「よし」と気合いを入れる。
「ガルム。俺達あんたの言うようにまだ子供かもしんねーけど。これでも戦えるんだぜ?
なんてったって--」
「「神族になる、神族見習いだから」」
兄妹は声を合わせてそう言った。
「神族、見習い」
「今は見習いだけど、神族になるために修行してきたんだ。だから力になれるはずだぜ」
「神族ってこういう時にこそ動くんですから。私達も死者の方々と戦いますよ。他の神族が来るまで、全力で」
兄妹がニッと笑顔を見せると、ガルムは口をポカンと開けていたが、少しだけ目をうるませ「ありがとう」と彼等に礼を言った。
「おいおい。まだ礼を言うとこじゃねーだろ」
ナリは立ち上がり、準備運動をしながら彼を茶化す。
「さっ。修行の成果の見せ所だな」
「頑張りましょう、ナリ様」
「おう」
「フェンリルさん、またよろしくお願いしますね」
「……おう、任せろ。貴様も無理はするなよ」
「はい」
ナルの返事を聞いた後、フェンリルはガルムに話しかける。
「ガルム。貴様はすぐに他の神族に報せに行け。貴様ならニーズヘッグを使わずとも地上へ行けるだろう」
「御意。では先に、使者の溜まっている場所へご案内しましょう。さっ、こちらへ!」
こうしてガルムに導かれて、兄妹達は死の国の奥へと足を踏み入れていく。