1篇 待ち望んだ日2


   そうして二人はフギンとムニンに急かされ、ようやく神殿の奥の部屋へと辿り着く。

「ホズ様。お待たせいたしました。ナリ様とナル様をお連れいたしました」

 フギンがそう声をかけてから、細やかな装飾のされた扉を兄妹が開けると、その部屋の真ん中にある人物がソファに座っていた。前髪が顔全てを隠すほど長い、金色の髪をした一人の青年。彼は兄妹が入ってくると、そこから立ち上がり口元を綻ばせ、自己紹介を始める。

「はじめまして。僕はホズ」

 それにつられて、兄妹も自己紹介をする。

「はじめまして、ナリです」

「はじめまして、ナルです」

「男の子の方がナリさんで、女の子の方がナルさんだね。双子だからなのかな、足音が同じだから判別しにくいね」

 ホズが出した単語に兄妹は疑問を抱いた。その雰囲気を感じ取ったホズは「あはは」と乾いた笑い声を出す。

「実は僕、目が見えないんだ」

 それを聞いた兄妹は目を丸くさせると、そんな驚いた雰囲気も感じ取ったのか、ホズが慌てだした。

「あぁ、ごめんね。驚かせてしまって。ただこれから顔見知りになるなら知っておいて欲しい事ではあるから……」

 またも彼は乾いた声で笑いながら、傍に置いてある兄妹にソファへ座るよう誘う。

「さっ、座って。兄様から君達にこの世界の事と神族の事を教えるよう言われているから」

「兄様……? って、まさかバルドルさんですか?」

「バルドルさんに弟さんがいたなんて、初耳だ」

「……そう。僕は光の神バルドルの弟ホズ。これからよろしくね。ナリ君、ナルさん」

 彼の優しげな微笑みに、バルドルの面影を感じた兄妹は彼と同じように笑顔を見せ「よろしくお願いします」と言ってからソファへと座る。すると、彼はある事を話し出す。

「一つだけ約束してほしい。お父様、オーディン様の前で僕の話はしないで」

「え、それはどうして」

 なぜなのかと気になった兄妹だが、ホズはただニコニコと微笑むだけであった。その微笑みが、「理由は聞かないで」という意味なのだと分かった兄妹は黙って頷いた。

「それでは。まずはこの世界のおさらいからしようか。この世界に存在する九つの国と五つの種族については当然知っているよね」

 ホズの問いかけに、「もちろんです」と兄妹は声を合わせて答えていく。

 

 ユグドラシル。それがこの世界の名。

 ここには世界樹という、この大陸を包む樹が五つの種族や生物が棲む九つの国を見守っている。


   人間の国 人間族の棲む国。神族が魔法で作った巨大な壁を作り、野蛮な種族から守っている。農業を生業とし、野菜や食肉を神族に捧げている。

 巨人の国  野蛮な種族である巨人族 霜の巨人が棲む国。神族をある理由によりひどく嫌っている。

 炎の国 この世界が生まれた時から存在しているとされる、炎を操る炎の巨人が棲む国。この国へ行ける者は限られ、最高神オーディンでさえも立ち入ることを許されていない。

 死の国 死んだ者が逝く、全てを氷漬けにされた国。この国には身体の半分が腐った女王と黒犬が管理している。

 小人の国 小人族が棲む国。武器や装飾品を作る技術に長け、神族の武器や装飾品は全て彼等の作品である。

 妖精の国 森を愛する妖精族が棲む国。四季に沿った花が咲いており、毎年行われる夏至を祝うミッドサマーイヴの開催地でもある。

 狼の国 鉄のように固く尖った森がある国。狼の群れととある魔女が特例で暮らしている。

 人魚の国 人魚達が棲む海底の国。人魚の肉は永遠の美を与えるらしいからと、巨人族が一時期狩っていたという歴史がある。

 神の国 五種族の頂点である神族が棲み、最高神オーディンが治める秩序の国。許可を貰ったものだけが、虹の橋ビフレスをト登りこの空高く存在し傍に世界樹のある国に辿り着くことが出来る。


「うん正解。それじゃあ、神族の仕事についてはどれくらい知ってる?」

「八つの国の平穏を守る事」

「あとは……とりあえず悪いことした奴を懲らしめてくれる奴!」

「ナルさんのは合っている、が……ナリ君のは一体誰が教えたんだい?」

「父さん」

「予想通りだったよ」

 ホズは天井を眺め、「合ってるけど説明が雑過ぎ」と苦笑いを見せている。

「そうだな……この世界には年に三度、異世界と交流がある事は勿論知っているよね?」

 この世界では【ヴァルプルギスの夜】・【収穫祭】・【ユール】という行事がある。

 オーディンが世界樹について調べている最中に見つけた、異世界へと繋がる門は先程の三つの時期に開かれるため、オーディンは異世界人と交流する事とした。異世界人はこの世界の者に危害を加えない、最高神オーディンに一つだけ知恵を与える事を条件に、その行事に参加する権利を所得出来るのだ。

「けれどその条件を守らない者は必ずといっていいほどいる。それをロキが教えたように懲らしめるのが神族の仕事の一つなわけさ。もちろん、主体なのはこの世界に棲む者達が平穏に暮らせるように、問題が起きればすぐに解決する。それが神族の存在意義。分かった?」

 ホズがそう聞くと、兄妹は元気よく「はい」と返事をした。

「とはいっても、君達はまだ見習いだからね。危ない仕事は任せないと兄様も仰っていたから、安心していいよ」

「失礼するよ」

 兄妹とホズが声につられその方向へと顔を向けると、そこにはバルドルが扉の所にいた。

「兄様!」

 ホズが嬉しそうにその名を呼ぶと、彼と外で待っていた烏二羽が一緒に部屋へと入る。

「ホズ。今回は頼まれてくれてありがとう」

「いえ。兄様の役に立てたのなら光栄です!」

 バルドルの言葉に、ホズは顔をほんのり赤らめながらそう返した。

「それじゃあ、ナリ君。稽古の時間だ。と、言いたいところだけれど。予定変更だ。ナルさんもホズも、私についておいで。きっと、もう準備は整っているはずだから」

「「「準備?」」