8篇 語り部の変えたかった運命4


「そん、なの。信じられるわけ」
 それがロキの、苦しみながら絞り出した最初の言葉だった。そんな彼に、黒ローブは話を進める。
「記憶がないから仕方ないだろうな。いや、記憶が無いというより、消されたの方が正しいか」
 黒ローブの「消された」という言葉に疑問を浮かべながら、「一体誰が」と問いかけようとしたものの、その答えを自ら導き出す。
「シギュン、か」
 ロキの出した答えに、黒ローブは「正解」と、ニヤッと笑みを浮かべる。
「この世界を繰り返す度に、君達の終焉の記憶は
消されていった。その記憶は、運命は、彼女の幸せな世界には必要のないものだから」
 ロキは、この世界が本来は既に終わっている事、その世界でナリとナルが自分とシギュンの子供である事、シギュンがこの夜の世界を作り出してしまった元凶である事。
 これらの、忘れてしまった、消されてしまった記憶を、まだ受け入れずにいるロキに、黒ローブは「で、君が気になっていたボクの事だけど」と、改まって姿勢を正し、わざとらしくロキにお辞儀をする。
「改めまして。ボクは君の記憶だ。君の忘れさせられたラグナロクでの、怒り、憎しみ、苦しみ、悲しみという強い負の感情の塊。これらは普通レムレスになるんだが、君の感情はあまりにも強すぎた。だからこそ、意識を持ってしまい、こんな風に君の姿を持つ事となった。それがボクだ。無駄に意識を持って生まれてしまったボクを見つけたこの世界の母、世界樹がある使命を託してきたのさ」

『自分が犯した罪を、償え』

「罪? それは……ラグナロクを起こしたという、罪か?」
 黒ローブはロキの質問に「そうだな」と答える。
「ラグナロクを起こした事もそうだし、シギュンもといウーヌスにこんな事をさせて、世界の輪廻を乱している。その点を、世界樹は怒っているんだ」
 黒ローブは溜息を一つ吐く。
「最初は何でボクが、なんて思ってたが。ボクは君じゃないが、君ではある。ラグナロクでの記憶であり、負の感情の塊ではあるから」
 黒ローブは自分の胸をギュッと掴みながら、話を続ける。
「……罪を償うために、ひとまずは君の代わりにボクが動いていたけれど……彼女の心を動かすのは、本体である君しかいない。君が、彼女が幸せを求める元凶だから。だからこそ、今まで君には記憶を取り戻してもらおうとしてたのさ。ナリやナルに会って、記憶が戻るんじゃないかとも思ってたんだが」
 ロキは黒ローブの話を聞き、兄妹と出会った時の事を思い出す。兄妹と出会って、行動を共にして感じた感情は全て、記憶を取り戻すまではいかなかったものの。兄妹の存在は、ロキにとって守らなければいけない存在である事は確かであった。
 そしてロキは、「もし君のその物語を信じるとして……」と、ある事について切り出す。
「ボクにシギュンを殺せって、君言ったよな? でも彼女は、もう――」
「死んでいる。そういう事になっている」
「……は?」
「だって、今思い出せる? 彼女が死んだ時の事を」
 そう聞かれたロキは「そんなの……」と言いながら、顔を強張らせる。思い出せない。それさえも、彼女のこれから待つ幸せに、不必要な記憶であるからだ。
「彼女は死んだふりをして、今もどこかで生きている。白い髪に赤い瞳の白い亡霊になって、力を蓄えているのさ。また、繰り返すために」
「白い亡霊って、レムレスを生み出した」
 黒ローブがそう言うと、ロキがファフニールから聞いたことを話す。
「それは違う。それは彼女の意思じゃない。運命を変えようとしていた彼女に、レムレスは怒っていた。だから、彼女の周りを彷徨っていただけのこと」
 ロキは声を振り絞り、「……彼女を殺す以外に方法はないのか」と黒ローブに尋ねた。
「あるとしたら神々の黄昏を再現させること。それをホズにも手伝ってもらっていたわけだけれど……その場しのぎにしかならないだろうな。彼女が諦めない限り、何度も繰り返される。ボロボロなんだと気付かぬフリをして。……でもロキ、これだけは言っておこう。殺すのに武器も魔法もいらない。言葉だけでいいんだ」
「言葉だって?」
 黒ローブは、今までとは違って、悲哀に満ちた表情で微笑みながら、ロキの傍へと近寄ってシギュンの日記を返した。
「そう。彼女にこう言ってやればいいのさ。■■■■■■。って」

『ハナシ ハ オワリ』

「っ!?」
 突如、ロキ達の間に何者かが現れる。その後ろ姿は、髪も肌も雪のように白い姿であった。そんな彼女に、黒ローブは「よぉ」と声をかけながら、後ろへと下がる。
『コウゲキ シナイノ? ニセモノ』
「ニセモノじゃないって言ってるだろ……きっと今戦えば、君は壊れてしまう。それは、ボクだって望んでない。それに、役目は本体に託した」
 黒ローブがロキに目線を向けると、目の前にいた者もくるりと振り向いた。
 赤い瞳が、ロキを捕らえた。
「……シギュン、なのか」
 ロキがおそるおそる、愛する者の名を呼ぶ。すると、彼女は花が咲いたかのような笑顔を向ける。
『アエタネ ロキ』
 変わり果てた姿のシギュンは、彼女の登場に唖然と立ちすくむロキの手を取る。その手はとても、冷たかった。

『イマカラ シアワセナ セカイニ イコウ』