レムレスの襲撃が終わったその日。
妖精族は、仲間や大切な家族を失った悲しみを今だけは我慢し、死者を死の国へと送るために動き始めた。レムレスの戦いで死んでいった者達を大きな十字架のオブジェがある場所へと運び込み、五列に並べる。顔に付いた血を拭ってやり、最低限綺麗な姿にさせて。長のツワブキは、その列の一つにヒイラギとシオンの花を置いた。彼と彼女の無くなってしまった身体の代わりだ。色々と準備が整うと、妖精族は死者十六名の前へ集まり黙祷をする。一分程経ち、皆死者に気持ちを伝えきれたのか彼等に背を向け離れていく。
皆がその場から離れるのを待っていたのか、その周囲に紫の炎が点々と灯りだした。突如現れた炎の色に怯える子供達。けれど、その炎が何を示しているのかを知る大人達はその炎に一礼する。炎はユラユラと揺れ、死者の周りに集まり、次第に炎は大きな渦となり死者を飲み込んでいった。炎はだんだんと小さくなり、消える。死の国へ、彼等は逝ってしまったのだ。
妖精族と共に仲間達を見送ったロキ、フレイとフレイヤは共にその場から離れ、とある小屋へと向かう。その小屋の中へ入ると、顔や腕に包帯を巻いたりなど手当てをしてもらったナリが寝台で眠っており、その傍には同じく眠ってしまっているナルと彼等を優しげな目で見守っているエアリエルがいた。
「そいつはまだ寝ているのか」
フレイが彼女に向かって尋ねると、エアリエルがナリの頭を撫でながら「今日はいろいろなことがありましたから」と答える。
「で。神族の皆さんが何の用ですか?」
エアリエルの言葉に、フレイは呆れが詰まった溜息を吐く。
「何の用ですか? は、こちらの台詞だ」
「何故、ランドアールヴァルに居るはずの精霊である貴方がここに居るの? しかも、ただの人間族である彼と契約を交わすだなんて。何を企んでいるの?」
フレイヤはナリの手の甲に刻まれた印をみながら話す。彼女の「企んでいる」という言葉にエアリエルは口元を隠しながら上品に笑った。
「企んでる事なんて何もありませんよ? それに、ナリ様はただの人間族ではありません。精霊を視る事の出来る、大切な存在です。その方に、力を貸してあげた。ただ、それだけのことです」
「だからって、すぐ会ったばかりの子に力を貸すもんか?」
ロキの問いかけに、エアリエルは目線をロキ達からナリへと移し、再び彼の頭を撫でる。
「出会ったばかり。そんな風に、思えなかったのです」
「「は?」」
「……」
「ナリ様とは、ずっと前から出会っていたような……そんな、気がするんです。だから、彼を守りたかった、力になりたかった。それだけじゃ、理由になりません?」
エアリエルのロマンチックな答えに、豊穣の兄妹は「なんだコイツ」といった変なものを見るような目を向けている、が。ロキだけは、彼女の言葉に心の中で共感していた。彼も、彼等に似たような思いを浮かばせていたから。以前から出会っていたという思いはないものの、彼等を守りたいという気持ちは彼女の感じた気持ちと似たものではないか、とロキは思ったのだ。
「理由になるかどうかは、まぁ、とりあえず置いておいてだな。貴様のこれからについては、オーディン様に会ってから」
「いや、彼女はボクが預かる」
ロキがエアリエルと豊穣の兄妹の間へと割り込みながらそう言った。その言葉に豊穣の兄妹はまたも「「は?」」とロキに向かって怪訝な表情を見せる。
「何を勝手な」
「別に構わないだろ? ボクはオーディンとは近い上の地位を貰ってる身だ。君たちよりも上の、な。だから、そんなボクが彼女を監視対象として傍においておいてもいいだろ? きっと、オーディンも面白いって許してくれるさ」
「だからって、そんなこと許され」
「あ、報告は君達でしておいてくれよ。ボク、アースガルドに戻るの面倒だから」
「「話を聞け!」」
ロキの緩い態度に激昂する豊穣の兄妹。しかし、そんな彼等の怒りなど無視をしてロキはニコニコと悪い笑みを浮かべている。そんな彼の表情に、彼にはもう何を言っても聞かないだろうと諦めた豊穣の兄妹は、呆れて首を横に振りながら彼等に背を向ける。
「仕方ないので、今回の所は貴方の我儘を聞いてあげます」
「けれど、余達が報告して戻って来いと命じられたら、必ず戻って来いよ邪神ロキ!」
ロキは心の中で絶対に帰らないけどと思いながら彼等に軽く返事をし、豊穣の兄妹は小屋を後にした。
ようやく煩い者達がいなくなって、ロキはやれやれと上半身を天井へぐぅと伸ばす。そんな彼にエアリエルが「あの」と声をかける。
「邪神ロキ。ランドアールヴァルでも噂は風が運んできてくれるため、貴方の事はよく聞いております」
「ほう、いい噂ではないのは確かだな」
「はい。だからこそ、貴方の真意を聞きたい。ナリ様と彼の妹様。彼等と貴方の関係は? 貴方こそ、私という神族が嫌いな精霊を傍において何かを企んでいるのですか?」
エアリエルの言葉にロキは鼻で笑った。
「ボクも、何も企んでいないさ。ただ、君と同じように」
ロキは騒がしかったにも関わらずスヤスヤと眠る兄妹の頭を撫でる。
「彼等を、守りたいだけだから。なんでか分からねぇけど」
優しく微笑む姿を見せるロキを見たエアリエルは「噂は、噂ですね」と彼女も微笑んだ。
◇◆◇
その二日後。最低限の建物の修繕をし終えた妖精族は。
「さぁ、宴を始めよう!」
夏至祭を開催させた。
決っして、悲しみに暮れるだけが死者への弔いではない。笑って、楽しんで、これからを生きていく。それが死者の為であると彼等は考えたのだ。
「俺、いつまで寝てたんだ?」
そんな夏至祭を、今まさに祭の音で起きたナリは、部屋の窓からまだ眠たげな目で夏至祭の様子を眺めていた。
「……楽しそうだな」
二日前の出来事がまるで嘘かのように、いや、今この時だけでも悲しい事を忘れて前へと進むためにこの時間を楽しもうとしている彼等に、ナリは微笑む。
「兄さん!」
窓の外から、ナルとロキが手を振っている姿が見えた。ナルの手にはが色とりどりの花が詰まった籠を持っている。
「ナル、ロキ」
「よかった! もう起きて大丈夫なの?」
兄が起きていたことに、ナルの顔には満面な喜悦の色が浮かんでいる。
「おう! 心配かけてごめんな。てか、俺いつまで寝てたんだ?」
「あー、ざっと二日だな」
ロキがそう答えると、「二日ぁ!?」と叫んでからへなへなと体を窓枠にもたれさせて、自分の今にも背中とお腹がくっつきそうなお腹をさすった。彼がさすったのと同時に、そのお腹は早く何か食わせろと叫ぶ代わりに、グゥ〜と鳴らした。
「そりゃ、腹がペコペコなのも納得がいくな。……ナル、それは?」
ナルの手には、花が詰まった籠以外に色とりどりの花冠を一つ持っていた。
「これ、兄さんにあげようと思って。フレイヤさんに教えてもらったの」
ナルは照れながら、不格好ながらも一生懸命作ったのだという証の花冠をナリに渡した。ナリは妹から受け取った花冠をじっくりと見る。花冠にはクローバーとエーデルワイスが飾られている。
「へぇ……。ん、フレイヤ?」
ナルから貰った花冠を目を輝かせながら見ていたナリだが、妹の口から出た名前に覚えがなく、その名前を復唱した。
「ほら、ロキさんとツワブキさんの所に行った時に出会った女性の方だよ。男性の方がフレイさん」
「あぁ、アイツね! なんだ、仲良くなったのか?」
ナリが聞くと、彼女も目を輝かせながら、自分が花冠の作り方に奮闘しているときに彼女が丁寧に教えてくれた事や、その際にお喋りもして、ほんの少しだけ仲良くなれた気がした、と。
「だからフレイヤさん、とフレイさん……きっと良い人だよ。言い方とかは悪いけど」
「そっか……楽しかったか、ナル?」
妹が言うのならそうなのだろうと納得したナリは、彼女の楽しげな表情から見ても分かると言うのに尚ナル自身から気持ちを尋ねると、彼女は満面の笑みで頷いた。
「あ、ねぇ兄さん。お腹空いてるなら、何か貰ってくるね。その間、この籠の花で花冠作ってていいから」
「おう、たの……えぇ、ナル。兄ちゃんにこんなん渡しても、不器用だから出来ねぇぞ?」
ナリがそう言っているのを聞かず、ナルとロキは彼のご飯を調達しに早速向かってしまった。ナリは仕方ないかと籠に入った花に目線を移すと、ある一つの花に釘付けとなる。それは、黄緑色の薔薇であった。
「アイツの色。……そういや、アイツどこ行ったんだ? おーい、どっか隠れてるのか? おーい」
「おい」
ナリが首をキョロキョロと動かして誰かを探していると、背後から彼を呼ぶ者がいた。ナリは首を少し後ろに向けるとそこにはフレイとツワブキがいた。
「ようやく起きたか」
「あっ、フレイだ」
「呼び捨てをするな! 余は神族のフレイ様だ! ……説教は後にして。この者が、お前に話があるんだと」
「俺に?」
ナリがフレイツワブキの方へなおると、ツワブキは悲し気な笑みを浮かべ、頭を下げた。