4篇 風の剣1


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
いやっ、いやっ、いやああああああああああああああああああああああ」
 妹が泣きながら俺に謝る姿が、目に焼き付いて頭から離れない。
 妹の涙を拭う手は動かない。妹を安心させるための声が出ない。
 俺は、駄目な兄ちゃんだ。 

 ◇◆◇

「……また、あの夢」
 ナリは流れる涙を拭い、見てしまった悪夢について考える。夢にしてはとても鮮明で妹の悲痛な声と泣き叫ぶ姿が、彼の頭から離れない。この夢は一体なんなのか。そんな事うなされる本人に分かるはずもなく。ただただ、これが正夢にならないことを願うぐらいしか彼には出来なかった。
 悪夢に悩まされていたナリの隣では、一定のリズムの寝息をたてて眠るナルの姿があった。夢の中で泣いていた顔とは違い、とても心地良さげな顔をしている。そんな彼女の頭をナリは優しく撫で、自分の方へと抱き寄せる。あの夢で出来なかった事を。あの夢で出せなかった声で呟く。
「ナル。お前はずっと笑っててくれよ」
 ナルは返事の代わりに「んぅ」と声を漏らし、ほんの少し笑みを浮かべた。笑う、という姿にナリは眠る前に見たロキの表情を思い出す。兄妹達が来たときに慌てて隠した寂しげな顔を。

『あの指輪はな、ロキと死んだ恋人との指輪だよ』

 あまり人前には出ない人だったらしく、ファフニールも顔を見たことは無いらしいが、彼の惚気話を聞くにかなり美人らしい。結婚も考えていて指輪を作っていたのだが、その指輪を渡す前に死んでしまったのだという。しかし、折角作ってもらって身に付けないのも指輪が可哀想だからと、首飾りにしてもらったらしい。
 その話を聞いて、だからあんな寂しそうな顔をしていたのかとナリは理解した。しかし、理解したからとしても自分にはどうすることも出来ないと、好奇心に任せて聞いてしまった事を後悔しながら、ナリは再び瞼を閉じて眠りについた。

◇◆◇

「「おはようございまーす」」
「おはよ。まぁ、時間は昼前だけどな。よく眠れたみたいで良かったよ」
 兄妹が挨拶を交わし一階へ降りると、ロキが骨付き肉をかぶりついている姿があった。ロキとファフニールが座る机には骨付き肉の他に野菜たっぷりのサンドイッチやじゃがいものバター蒸し等、かなりボリュームのあるご飯が食卓に並べられている。
 兄妹が外の見える窓へ視線を向けると、眠る前と同じ夜の姿であるため朝だ昼だと言われても納得出来ない彼等だが、この生活にも慣れなければいけないのだと、空いている椅子へと座る。
「おはようお二人さん。ロキから君達との出会いの話は聞いた。さっ、沢山作ったからたーんとお食べ」
 ファフニールは兄妹の前に置いた皿に料理を山のように盛り付けていく。起き抜けにこんなに食べられるだろうかと兄妹は困った笑みを見せるものの、その優しさの温もりを感じながら「いただきます」と笑顔で言ってから料理に手をつけていく。一口目を含んだ瞬間、兄妹の目はパッチリと開いてどんどん料理を口に運んでいく。
 料理を美味しそうに食べる兄妹に微笑みを浮かべながら眺める二人。そこでファフニールが「ロキ、ストーリーテラーの事だが」と口を開く。どうやら兄妹が起きてくるまでに、ロキは自分の目的であるストーリーテラーの事について彼に話していたようだ。その事について、何か思い当たることがあるらしい。
「関係あるかは分からないが……白い亡霊ってのを知ってるかい?」
「白い、亡霊?」
 ロキも聞いたことがないのか首を傾げながら言葉を繰り返す。
「そう。つい先日、国の周囲を見回りしておったんだ。そしたら、国の外にポツン、と髪も肌も何もかもが白い女の子がおった。ユラユラとしていてまるで亡霊みたいでな。レムレスの白い人型版かなにかみたいな感じだ。なんだろうなと思ってよーく観察してるとその子の足元から……レムレスが現れた。その後すぐにレムレスはわいらの国に襲いかかってきよった。レムレスも大事だがまずはあの白いのをと思った時には、もう白い亡霊はいなくなっておったんだ」
 それが、ファフニールがアースガルドへロキに会いに行っていた理由なのだろう。ファフニールの言葉にロキが眉間に皺を寄せる。ストーリーテラーについてまだ何も分かっていないというのに、新たな謎が現れてしまった事に彼はどうするべきかと頭を悩ませる。
「白い亡霊はアルヴヘイムで見たと風の噂で聞いたことがある」
「アルヴヘイム……! 花が沢山咲いてる国ですよね!」
 ナルの目がキラキラと輝く姿を見たファフニールは、今まで深刻な表情をしていたもののニコニコと笑って答える。
「そうそう。妖精族が四季折々の花を育てていてな。本来この時期なら夏至祭が開催されて賑わっていただろうになぁ……今はそれどころじゃないにしても残念だ」
 夏至祭とは妖精族が中心となり歌や踊り、花を使った料理を食べて、夏至を祝い楽しむこの世界の大事な行事である。
「……そういやもうそんな時期か」
 ロキは昨日、指輪を見つめていた時と同じ寂しげな表情を一瞬見せる。しかし、それはすぐに消えてロキは最後の骨付き肉を頬張り、笑みを見せる。
「じゃあ、最初の目的はアルヴヘイムで白い亡霊の情報を探すことで決定だな。君達はここで留守番」
「は、しねぇからな! ついてく!」
 彼の言葉に唖然するロキ。それはナルも同じで、オロオロとロキとナリの顔を見合わせて「わ、私も! ついていきます!」と自分の素直な気持ちを壊して怯えた様子でそう言った。そんな彼等、特にナルの様子にロキはどうするべきかと困却する。そんな姿にファフニールは大笑いする。
「なーに笑ってやがる」
「がははははは。いやぁ、そんなに困った様子のロキは滅多に見ないからなぁ。あぁ、笑かせてもらった。ロキ、別に連れて行ってもいいんじゃないか? 危なくなればロキが守ればよい」
 彼の言葉にロキはそれもそうかと納得する。しかし、その言葉にナリは立腹の様子だ。
「なんだよ人を荷物みたいに。別に俺だってナル守りながら戦えるぞ」
「おぉ、威勢の良いお兄ちゃんだことで」
 ファフニールの馬鹿にする様子にナリは不満げな顔を見せる。そんな彼に溜息を吐くロキは「分かった分かった」とナリをなだめる。
「連れてってやるから、それで一旦落ち着けよ」
「……おう!」
 ロキがようやく兄妹を連れていくのを決めた為「それじゃ、すぐにでも二人の服を」と言い始めた。
「出来たわよー!」
 瞬間。家の扉が勢いよく開かれると、甲高い声を出す何者かが現れる。その者は小人族特有の小ささであるものの体格的に男性である。が、女性用のスカートを身につけている。そんな彼か彼女かわからない者は、両手に二人分の服を持っていた。
「……用意しておいたぞ」
「「「準備が早い」」」
 突然の来訪者に戸惑う三人だが、そんな空気を切るかのようにその者は口を素早く動かす。
「どうも〜、ストゥーラっていうわ。よろしくね! 昨日、いきなりファフニールに服を作ってくれって言われてねぇ。半日で頑張っちゃったわ! さっ、着替えて着替えて」
 ストゥーラの快活さに追いつけない兄妹を彼は無理矢理部屋の奥へと連れて行く。そして数分もしないうちにストゥーラは兄妹に持ってきた服に着替えさせた。ナリは灰色の袖なしの服に黒のズボンとブーツ。ナルは灰色の襟付きの袖なしの服に黒のスカートとブーツ。その上には兄妹お揃いの白のジャケットを羽織っている。ストゥーラは兄妹の姿を隅から隅まで舐めるように見てニコニコしている。
「うんうん、よく似合ってるじゃないか。あたいの裁縫スキルが活躍出来て嬉しいよ」
 真新しい服にそわそわする兄妹は照れながらストゥーラに「ありがとう」と礼を言う。
「いいのよぉ、これぐらい。ねぇ、ナルちゃん。ちょっと時間できたらあたいのモデルになってくれない? たっくさん可愛い服作ってるんだけど、ナルちゃんに着てほしいんだけどぉ」
「可愛い服っ! ぜひ!」
 ストゥーラは膨れた鞄からヒラヒラのついた可愛い服を見せると、ナルは笑顔でその申し出を受け入れた。そんな女子同士のような会話をする彼等を、ロキとナリは「なんだこれ」といった顔で眺めている。
「なーんかボクの知り合いと既視感あるんだよなー」
「神様にもこういう感じのタイプいるんだ」
「あぁ、最近だけどな。そいつがそうなったのは」
「神様の最近って、絶対最近じゃないよな」
「確か百年前」
「やっぱり」
「そんじゃ、こっちもナリ君に渡しとこうか」
 ファフニールが部屋の隅から細長い剣を持ってきた。
「ほれ。ナリ君の武器だよ。これで自分や妹さんの身ぐらいは守りなさいな」
「ありがとう!」
 ナリはファフニールからその剣とそれを腰に下げるベルトを貰い、すぐに彼はそのベルトを着けて剣をさげる。本物の剣を持つのが初めてなナリは、その重さに少しだけ感動していた。
「ナリ、剣の使い方は?」
「なんとなくなら分かるよ。木の剣で素振りはしてたし」
「それなら心配はいらないか」
「あ、あの」
 ナリとロキが話している間に、ナルはファフニールと同じ目線になって小さな声で話し出した。話の内容まではナリ達には聞こえなかったが、彼が「えっ」と声を上げて首を大きく横に振る姿が目に入る。それでもナルは彼に何かを懇願するも彼は首を縦に振ろうとはしなかった。ナルは彼に小さくお辞儀をして、ロキとナリの元に戻ってきた。「どうかしたか?」とナリが聞いても、ナルは「なんでもないよ」と寂しげな声で返すだけであった。
 ロキが「よし」と手を叩く。
「行くか。アルヴヘイムに」