3篇 結ばれた繋がり2



「「うわぁ!」」

 強い風が兄妹の身体に押し寄せる。その風は何度もやってきて、その度に鳥が翼を羽ばたかせているような、そんな大きな音が聞こえてきた。とはいっても、この風を起こしているのは鳥なんて可愛い生き物ではない。ゴツゴツとした赤い肌、睨まれれば一歩も動けないであろう青緑の瞳、全てを切り裂くであろう鋭い爪と牙、そしてこの空を飛び回るための大きな翼。

 そこにはこの世界に一匹しか存在しない、ドラゴンがいた。

「おいロキ。いつまでわいを待たせ……ん? なんだその後ろにいる子供達は」

 ドラゴンは低く唸る声で目線をロキ達のいる下の方へと向ける。そこでドラゴンは兄妹の存在に気付き、長い首を兄妹達の元へと下げ、顔を近付け、匂いを嗅いだりジーッと兄妹を見つめる。初めて見るドラゴンに観察されているという状況を飲み込めず、兄妹は動くドラゴンを唯一動く目で追うのみで、他の部位は硬直して動けないでいた。

 そんな兄妹の様子をロキは大きく口を開けて笑いながら「ファフニール、それぐらいにしとけよ。可哀想だろ?」と声をかけると、ファフニールと呼ばれた彼はロキにそう言われて彼等から顔を遠ざけた。ようやく顔が離れた為、兄妹は安堵のため息を漏らす。兄妹の緊張をようやく感じ取ったのか、ファフニールは「すまん」と謝った。

「ロキが珍しいもんを連れてると思ってな。しかし、初対面のしかも子供に失礼なことをした。わいはファフニール。お主達は?」

 ファフニールが謝罪を含ませた自己紹介をしたため、兄妹もまだぎこちないもののそれぞれ自己紹介をした。そこでロキが話を進めるためにファフニールの身体を叩く。

「ファフニール。悪りぃけど、まずニタヴェリムまで連れてってくんねぇか? ボクとこの子達も、さ。そこをとりあえず拠点みたいなのにしたいんだ」

 ファフニールはロキにそう言われ「別に構わんが……」と、再び兄妹にチラリと目線を向けて「着いたらゆっくり話を聞かせるんだぞ」と彼等が乗れるように胴体を地面につけた。

「さぁ、優雅な空の旅の始まりだぞ」


◇◆◇


「お、ち、るううううううう」

「耐えろよ~少年少女よ!」

 ムニンと別れ、ミッドガルドから離れてたった数分で、赤茶色の山が連なる地帯の上空を飛ぶファフニール。彼の上に乗っている兄妹の身体には、風がビシビシと叩きつけるように当たっていた。ファフニールが飛ぶ寸前に言った優雅な空の旅とはほど遠い、とてつもなく乱暴で危険な空の旅である。

 兄妹は風で振り落とされぬように、この飛行に慣れているのか余裕な様子であるロキの腰にガッシリと腕を回して掴まっている。そんな必死な彼等に苦笑いをするロキは、飛んでいるファフニールに声をかける。

「ファフニール、彼等は初めて乗るんだから加減をだなぁ」

「年取ったから加減なんて知らぬわ! ほーれ!」

「う、わっ」

 ファフニールは陽気な声を出しながら、飛ぶ体勢を平行から垂直へと軌道を切り替えていく。彼等の目に映るのが正面の赤茶色の山々ではなく赤茶色の地面へと変わり、それが急速に近付き「ぶつかるっ!」と感じた兄妹がギュッと目を瞑ったが。

 兄妹が想像した地面にぶつかる衝撃は無く、代わりに優しい浮遊感と共に「もう降りていいぞ〜」というファフニールの声で、兄妹は瞑っていた目を開けた。最初に彼等の目に映ったのは、岩で出来た壁が国を囲んでおり、木で出来た門は開いており、その中から騒がしくも賑やかな音が漏れている。

「もしかしてココが?」

「あぁ、ココがニタヴェリムだ」

 小人の国ニタヴェリム。鍛冶師の小人族の棲む国。後ろの山からは武器に必要な鉱物、宝石等も採れたりする。器用な者が多く、神族の軍服なども彼等が特別な糸や材料で仕立ててもいるのだ。

 ロキから順にファフニールの背中から降りる。ファフニールは皆が自分の傍から離れたのを確認すると、身体を伸ばし、再び翼をはためかせる。

「わいは食糧庫に行って食材を採ってくるから、先に家に行っておいてくれ」

 ファフニールはニカッと笑い、大きな音をたてながら翼を動かして、国の奥にある山の方へと飛んでいってしまった。

「そんじゃ行くか」

 ファフニールを見送りロキが門へ近づいていったため、兄妹は念の為フードを被ってその門をロキと共に通る。門をくぐってから広がる先には、沢山の武器を売る店があった。四方八方から鉄等を叩く音や燃える音だったりと、武器達の大合唱が公演されているようだ。店で商品を売る者、世間話をする者。皆、兄妹の身長の半分もあるかないかぐらいの大きさであり、まさに小さな人である。

「君等、なんでフード被ってるんだ? ここは少し暑いだろ。ほら」

「「あっ!」」

 ロキにフードを取られ兄妹の顔があらわになり、その際に声を出したせいで小人族が数名こちらを見る。また何か言われるのでは、と兄妹は身構えた。しかし、小人族は特に兄妹に向かって何も言わず、先程までのように仲間同士で世間話や武器の手入れ等をし始めた。小人族の無視に近い反応に唖然する兄妹。そんな彼等にロキは「つまりそういうこと。だからもう気にすんな」と優しげな声音で話し、そのままスタスタと歩き出してしまったため、固まっていた兄妹もその後ろに慌ててついていく。

 そしてかなり国の奥の方まで歩き、ロキの知り合いがいるであろう家へと辿り着く。

「おぅ、来たか来たか」

 ロキの後ろから兄妹が中を見ると、そこには白い髭で目や口が覆われた小人族の男がいた。

「疲れとらんか? まぁ、初めて乗る者達だというのに、わいもちーとはしゃぎすぎたのぅ」

 男の文脈を理解出来なかった兄妹を見て、男はガハハハと下品に笑う。

「なんだロキ。まだ言っとらんかったのか?」

「だって実際に言っても信じないだろうし。本人直々に言った方が面白いかなと思ってさ」

「「??」」

 男はロキの悪戯な笑みを見て、同じようにニシシと笑うと、一度咳払いをし、兄妹にこう言った。

「さっきのドラゴンな。それ、わいなんよ」

「「……………………………え?」」

 兄妹は揃って冗談だと思った。それもそうだろう、こんなしわしわなおじいさんがあのカッコイイドラゴンなどと、信じれるわけがない。

「信じとらんな? 顔だけなら今出来るぞ。ほれ」

 ポンと可愛い音と煙が出るやいなや、男の顔は白い髭の付いた顔ではなく—―先程背中に乗ったドラゴンの顔になっていた。

「「信じます。だから顔を戻してください」」

「ハッハッハッ。信じてもらえて良かった良かった」

 男はまたポンと音と煙を出すと、不釣り合いな頭を元の髭をはやした顔に戻す。

「まぁ、おふざけもこのへんにして。お茶でも飲みながら事情を……と言いたい所だけれど、もう子供達には遅い時間だな。顔に疲れがでとるし、今日はもうお風呂にでも入って、ぐっすり休みなさい」

 ファフニールは兄妹の後ろへと回って背中を押したため、兄妹は言われるがまま風呂場へと向かった。


◇◆◇


「「気持ち良かった~~~~~」

   柑橘系の酸っぱい匂いのしたお湯に浸かったからか、兄妹の身体はとてもポカポカと温まって、顔は緩みきっていた。きっとファフニールが用意してくれたのだろう、いつの間にか彼等が着ていた古い服は無く。代わりに男性用のシャツとズボン、女性用のワンピースが脱衣場に置かれていた。

 兄妹はお互いの髪をタオルで拭き合いながら、居間へと戻る。そこに着くと、ロキとファフニールが木の椅子に座って話をしている姿があった。声をかけようとナリが声を出そうとしたものの、ロキの少し寂しそうな表情を見て口が動かなくなった。しかし、ロキが兄妹に気付くと彼は寂しげな表情から一変し、今までと同じ笑顔を兄妹に向けた。

「もうあがったのか」

「……うん。ファフニールじいさん、新しい服をありがとう」

「ありがとうございます」

「なんのなんの。それは寝巻きだから、またちゃんとした服用意してあげるかんな」

 服を用意してくれるという言葉に、兄妹は今までの薄幸の日々から一転し、多幸や他人からの優しさに微笑みを浮かべながら浸っていると、ナルがロキの持つ光る物に興味を示した。

「……それ、何ですか?」

「あぁ、コレは」

 ロキの手にはある耳飾りが握られていた。耳を付ける部分に小さな緑の宝石、鎖によって繋がれた部分にはひし形の緑の宝石が付いていた。その耳飾りの放つ輝きに何もかも吸い込まれてしまいそうな程、それは綺麗であった。

「綺麗……!」

 ナルはやはり女の子だからか、アクセサリーに興味があるのだろう、その目はダイヤモンドのように輝いている。

「これ、どうしたんですか?」

「あぁ、元々この指輪だけ作ってくれって頼んだんだ。でも宝石が余って勿体無いから、耳飾りにしたんだと」

  ロキは自分の首に先程まで付けていなかった、大きさの違う二つの指輪が付いた首飾りを触る。その銀の指輪には、金の装飾と小さめなこの耳飾りと同じ色の石がはめられている。

「……そうだ!」

 ロキは微笑みを浮かべながら兄妹にこう言った。

「これ、君等にあげるよ」

「「……へ?」」

 ロキの突然の言葉に、兄妹一瞬固まる。

「いやいやいやいやいや、貰えないってそんなの!」

「いいんですか! ハッ――!」

 彼の言葉の意味を理解すると、少々オーバーリアクションではあるもののナリは首を大きく振り拒否した。ナルは欲しそうだが、すぐ口を塞ぐ。

「いいって。兄妹で片方ずつ付けたら、お揃いって感じになるだろ」

「で、でも」

「別に遠慮しなくていい。素直に受け取ってくれよ。その方が、ボクもコイツも嬉しいから」

 遠慮する兄妹の手に、半ば強引に片方ずつ耳飾りを握らせる。兄妹はまだ納得はしていないけれど、これ以上やっても同じだと諦めたのか、ナリは左手側にナルは右手側に耳飾りを付ける。付ける部分を耳へ近づけると微弱な静電気が起き、そのまま彼等の耳にくっついた。強く引っ張っても外れない。耳飾りは付けてもらえたことに喜んでいるかのように輝いた。

「じゃ、ボクも風呂に入ってくるな。おやすみ」

 兄妹はロキにおやすみなさいと返せば、ロキはヒラヒラと手を振り、そのまま風呂場へと姿を消した。彼の姿が見えなくなると、ナリはファフニールと同じ背丈になるように屈み、小声で問いかける。

「……ファフニールじいさん、なんでロキはあの指輪作ったんだ?」

「あれか? なぜそんな事を?」

 問いを返されて「なぜって、言われても」とナリは困り顔を見せる。なぜなら、彼自身もなぜあの指輪が気になるのか分かっていないのだ。そんな彼の反応を見て、ファフニールは「うーん、言っていいものか。いや何か聞いてしまう前に言っといた方が良いか」と何やらブツブツと言うファフニール。「よし」と言ってから、彼は少しだけ話をしてくれた。

「あの指輪はな、ロキと死んだ恋人との指輪なのさ」