ロキと兄妹が行動を共にしようと決め。
「で? どうやってここから出るんだよ?」
という疑問が一番最初に出てきた。
その疑問にロキ自身も悩んでいた。この世界の移動手段は、基本的に馬などの動物に乗る。徒歩での移動など、どの種族であっても不可能である。だからこそ、ロキも馬を買おうとしていたのだが。先程の騒動の後だ、それをする事は出来ない。しかし、この騒動の後だからこそこの国から出なければいけない。
「うーん。一応、乗り物のあてがあるにはあるんだけどな」
「あるんですか?」
「あぁ。そっちの方がスピードも速いからな。乗り心地はあまり良いとはいえねぇけど」
ロキの言葉に兄妹は「一体どんな乗り物なのか?」と互いに首を傾げる。
「でも、ココから連絡がちゃんと出来るか一か八かだから」
そんな乗り物について悩んでいたロキ達の元に。
「ロキ様っ!」
「いっ!」
「「っ!?」」
ある黒い飛来物がロキの頭に必中した。彼が頭を抱え痛みに悶えているのを兄妹がなだめていると「やーっと見つけた……もうっ、なかなか見つからないからフギンに怒られるところだった」という疲れた声が、彼等の背後から聞こえた。その声に兄妹が振り向けば、そこには一匹の烏ムニンがいた。
そんな彼に、兄妹は一言。
「「烏が喋った!?」」
「ん? だぁれ君達?」
ムニンが驚いている兄妹の周りを歩いたりしている間に、ロキは自分の痛む頭をさすりながら「ムニン、君なぁ」と怒気を含ませた声を出すものの、それはムニンの言葉によって怒りもろとも引っ込められた。
「あー! 君達が報告にあった子達だね! ロキ様に懐いちゃった兄妹!」
「……は?」
報告にあった子達、とはどういうことなのだろうか。ロキは兄妹に会ってから神族に会っていない。だからこそ、兄妹の事を誰にも話していないはずだ。誰かがロキの事を監視していない限り。
その報告は一体誰がしたものなのかとロキが考えている間にも、ムニンはずっと兄妹の肩を交互に飛び交いながら「そうかそうか君達が〜」「銀色の瞳と髪かぁ、珍しいねぇ」と彼等に話しかけているが、兄妹はというと未知なる者との出会いに当惑していた。そんな彼等に助け舟を出すかの如く、ロキは動き回るムニンを片手で掴んだ。
「あー! 痛いよロキ様!」
「ボクも君のクチバシに突かれて相当痛かったぞ?」
「あ、あの、さ」
互いに睨み合っていたロキとムニンにナリが恐る恐る手を挙げる。なぜ彼が挙手しているのか分からなかったが、ロキは彼に「どうぞ?」と声をかけた。
「えーっと……ロキ、って。あの、ロキ?」
「ロイさんは、ロキって名前ということ、なんです、ね?」
兄妹が戸惑いながら聞いたことに、ロキはそれを聞いて冷や汗を流す。そう、彼は兄妹に伝えたものは偽名であり、本当の名前は〈邪神ロキ〉であることを伝えていないのを今更思い出したのだ。ロキは頭をかき、「あー、えっと、な」と戸惑いながらも、ゆっくりと頭を上下に動かしてその名前について肯定した。ロキが肯定したことに、ナリが「そっか」とロキに笑った。
「なんだよ、偽名だったのかよ。じゃ、改めてよろしくなロキ」
「よろしくお願いします、ロキさん」
「えっ、あぁ」
何も言ってこなかった兄妹を不思議に思いながら、そう応えたロキ。そんな彼に捕まえられたままのムニンが「あの〜」と声をかけた。
「本題に入ってもいいですか、ロキ様? ロキ様にお客さんが来てるからここまで探しに来たんですよ〜?」
神の国にわざわざ自分の客人として来る者はただ一人。すぐにそれが誰なのかと分かり、それが今の状況に必要な存在である事に心の中で喜ぶロキ、だが。
「いや、その前に。ボクがここに兄妹といるって君に報告したのは誰だ?」
ロキの質問にムニンは彼は何を言っているのだろうかと言いたげな顔で首をかしげながら答える。
「バルドル様ですよ」
◇◆◇
裂けた結界も元通りになり、ミッドガルドにも満天の季節の星が輝く夜が訪れる。そんな空を、ロキは兄妹の家の屋根の上に座り込んで眺めていた。
ロキと兄妹は人目に気をつけながら裏路地を使って、兄妹の家へと戻ってきていた。ロキの客人がこれからの移動に必要であるため、ムニンにこの国の近くまで連れてくるのをこの家で休憩しながら待っているのだ。しかし、ロキはこれからの為に休息するよりも、新たに増えた疑問に普段はそこまで使わない頭を悩ませていた。
それは、自分がここに兄妹といると報告をしたのがあのバルドルであるという事。彼なら自分を見かけていたのなら声をかけてくれてもよかったと思う反面、ならばなぜ声をかけなかったのかという疑問が浮上するのだ。彼がいつから自分を見ていたのか。もし、自分が川へ落とされるところから見ていたのなら、彼は。
「関わりがあるのか? あの、黒ローブと」
ロキもバルドルの事を疑いたくはないのだが、最高神よりも先にロキへこの世界の原因を話したことは、その後にやってくる黒ローブの話に繋げるための説明。
ロキは再びあの黒ローブの者の言葉を思い出す。
『ただ、君のこれからの運命に繋げるための手伝いをしているだけなんだから』
「運命って、なんだ? ストーリーテラーを殺すことか? それに……そこに、あの兄妹も関わっているっていうのか」
あの黒ローブがあの川へ落とした事が運命に繋がる行動であったのなら、兄妹が彼を助けたのは偶然ではなく必然であり、これから共に行動するのも、きっと決まっていた事なのかもしれない。そんな、見えない力に引っ張られている感覚にロキは陥っていた。
「ストーリーテラー。君は一体、ボクの何なんだ」
「なぁ、ストーリーテラーってなんなんだ?」
声が聞こえたため起き上がると、そこには兄妹が屋根上へ登ってきている姿であった。兄妹がそのままロキの隣へと近寄っていく。
「なんだ君達、寝ないでいいのか?」
「なんか寝つけなくってよ。な、ナル」
「うん。で、そのストーリーテラーっていうのが、ロキさんの今調べてる事なんですか?」
「……あぁ、そうだよ」
ロキはそのまま彼等にストーリーテラーやこの世界の終わらせ方について話していった。バルドルから聞いたこと、そして黒ローブから聞かされた事も全て。とはいっても、ストーリーテラーを殺すという部分だけは倒すという違う言葉へと置き換えた。その話にピンときていない兄妹に、ロキはとある質問を投げる。
「君達はさ、ロキって聞いてどう思ったよ」
「どうって?」
「あー……怖い、とか?」
崇められる神族であるとはいえ、元は恐れられている巨人族。その名は神族の中だけではなく、他種族の者からも嫌われている事を彼は知っていた。
ロキの質問に兄妹は互いに苦笑し合う。
「そりゃあ最初は、貴方があの邪神ロキだって聞いたときは驚きましたけど」
ナルは自分の髪を弄る。
「私達のこの色を、綺麗だって言ってくれたから」
「そういうこと。たとえアンタが邪神ロキであっても何も思わねーよ。なに、思われてたかったのか?」
この色を綺麗だと言ってくれたから、あの時助けてくれたから。だからいい神なのだと、兄妹は思ったのだ。彼等の答えにロキはそっぽを向きながら「いや……ありがたいよ」と彼等に伝えた。
「君達、見た目によらず結構大人なんだな」
「なんだよ、見た目によらずって。俺もナルももう十七だよ」
「いや、まだまだ子供だな」
「うっさいなぁ。そういうアンタはいくつなんだ?」
「ボクは一応神だし、人間と違って年齢って概念が曖昧なんだ。まぁ、見た目からしたら多分二十五、六歳か?」
「見た目って……え、実年齢は?」
「さぁ? 覚えてない」
「ジジイかよ」
「ハハハッ。その口裂いてやろうか」
「んがっ」
ロキは笑いながらナリの両頬をありえない力で引っ張る。そんな彼等をナルがなだめる。
「烏に仕事をさせといて、なーに楽しそうにしてるんですかー?」
「「「あ」」」
そんな騒がしい彼等の前に、ムニンが戻ってきた。
「ロキ様の言う通り、この国の外で待ってもらってますよ! ほら、ナリ君の作ってた穴まで向かいますよっ! あっ、ナリ君。あの穴は君達が通ったら閉じますからね」
「おう、当然だよな」
「ムニン。クチバシ痛い、痛いから」
ムニンは、ロキの制止の声を聞かず、自身のクチバシで彼の頭をずっと突いている。そんな彼等の他者から見ればじゃれ合う様子に、兄妹は笑っていた。
◇◆◇
「で? 今来てくれてる、ロキのお客さんってどんな奴なんだ?」
ロキと兄妹は国の端っこにある深い森の中を、兄妹がいつも国の外へと出るのに使っていた穴へと向かっている最中であった。その道中でナリがロキに問いかけるも、ロキは「秘密だよ、きっと驚くから」と答えを明かさなかった。そんな彼の返しにナリは頬を膨らませ「なんだよー! 教えろよー!」と駄々をこねる。ロキは笑いながら無視をし、ナルは苦笑いを見せながら、自分の肩に乗ったムニンへと話しかける。
「ロキさんって楽しい方ですね」
「そうだねー、言動が時々挑発的な事もあるけど、それは相手次第だし……まぁ、基本的にはそうなのかもね」
「……ロキさん、神族ではあんな感じじゃないんですか?」
「うーん、親しい者同士ならあんな感じだよ? でも、嫌われてるからねぇ。今は神族でも、元は神族と因縁がある巨人族だから」
むかしむかし。この世界が、まだ世界樹と火の国と死の国しか存在しなかった時代。
そこに、ある命が創られた。その名をユミルという。
最初にユミルは巨人族を創った。それからして岩から人間というモノを三日で生み出し、その人間と巨人が交わると、神という三人の存在が産まれた。ユミルはだんだんと仲間が増えていく事に幸せを感じていた。
が、彼は後々に後悔するだろう。神という彼等を産ませてしまったことに。
神という存在として産まれたオーディン、ヴィリ、ヴェーは自分達が強大な力を持っており、この世界では自分達が強いのだという確信があった。
それを証明するために、ユミルを殺した。
この世界で最初に創られた存在を。この世界で一番強いといわれていた存在を彼等は殺してしまったのだ。ユミルから流れた血が世界に溢れ、殆どの巨人族はそれに飲み込まれ、怒りと悲しみと共に溺死した。
その恨みが唯一生き残った巨人族の男女から引き継がれていき、今の神族と巨人族の因縁に繋がるのだ。
「じゃあ……ロキさんは神族を恨んでるのに、今は仲間に?」
「それに関しては、ロキ様には無いよ。理由は知らないけれど、自分で言ってたし」
彼は元の種族に何も感じていなかったのだろうか、とナルは不思議に思い前方を兄と楽しげに歩くロキを見つめる。すると、彼もナルの方を振り向き「着いたみたいだぞ」と声をかけた。彼の言う通り、ロキとナリの前に大人一人が屈んで抜けれるほどの外へ通づる穴がそこにはあった。どうやらナルとムニンがそんな話をしている間に、目的の穴へと辿り着いたようだ。最初にムニン、ロキからナル、ナリと順番に穴を抜け切ると。