1篇 終わらぬ夜3


 深く生い茂った森に囲まれたヴィークリーズにて、断崖絶壁の崖付近に、数匹のレムレスを追い詰めているロキが居た。

《コルムナ・フランマ》

 ロキの唱えた呪文と共に地面から炎の柱が現れ、レムレスを飲み込んでいく。レムレスは気味の悪い呻き声を上げながら、何もかも燃え、消えてなくなった。
 ロキは「ふぅ」と一息つくと、岩陰に隠れていた馬がロキの傍へと近寄り顔をすり寄せる。そんな馬のじゃれあいにロキは笑顔を浮かべながら、その顔を優しく撫でてやった。
「よしよし、上手く隠れて良い子だったな。さっさと帰ろう。――っ」
 穏やかな表情をしていたロキは、顔を強張らせ背後を睨んだ。
「おい、そこにいるのは分かってるんだ。出てきたらどうだ?」 
 ロキが警戒しながら声をかける。
すると、闇に溶け込んだ森の中から黒いローブを着た者が現れた。顔は見えない。周囲も暗くフードを被っているからというだけではなく、顔部分に闇が広がっているのではないかと思うほど、その部分は黒く染まっているようにロキは見えた。
 その者、出てきたはいいが何も話さずその場でじっとしていたため、ロキは怯える馬をなだめながら「君は、誰だ?」とおそるおそる尋ねる。
すると、その者は「自分が誰、か。ハハッ」と低い声で笑った。
その声は男性のもののようで何を言っているのかはハッキリと聞こえるのだが、なぜかその声がどんなものであるかは分からなかった。
「そうだな。とりあえず今は代行者、とでも言っておこうか。この世界の運命を見届ける者の、ね」
「世界の運命を、見届ける者!? じゃあ、君はストーリーテラーと関係があるのか!?」
 黒ローブの言葉に強く反応したロキが声を荒げると、その者は「まぁ、落ち着けよ」と笑いながら言う。
「そう、そのストーリーテラーに近しい存在ではあるが同じにはしないでほしいね。そのストーリーテラーにはこっちも手を焼いているのだ。まっ、そんなこと今はどうでもいいさ。今回は邪神ロキに頼みたいことがあって来たのさ」
「……なんだ?」
 黒ローブの正体や彼とストーリーテラーの関係については、ロキにとってはどうでもよいものではないのだが。ロキは早々にもう一度尋ねるのは諦め、その申し出について聞く耳を持つ。彼が話を聞く態度になったのを見たその者は、こう言った。
「君には――この夜を終わらせてほしいんだ」
 夜を終わらせる。
 それは、この世界に広がる夜を明けさせる。朝を来させる。ようするに、世界を救うという事に繋がるのだ。
 予想もしていなかった事を言われ、ロキは口をぽかんと開ける。そんな彼を放って、黒ローブは話を続ける。
「この世界を終わらぬ夜にしたストーリーテラーを君が殺せば、世界は元通りにな、る……?」
 黒ローブそう説明するも、話す口を止めた。
それは、ロキが口を大きく広げ、岩山周辺に彼の笑い声を響かせたからだ。
彼の笑う姿に黒ローブは首を傾げた。
「なぜ笑うんだ、邪神ロキ」
 黒ローブからの問いかけに、ロキは笑うのを落ち着かせる。
「なぜかって? おかしいからに決まってるじゃないか! ボクの事を知っているのなら、尚更そんな事を頼む相手でないことぐらい分かるだろ? 元巨人族でありながら、神族になった嫌われ者。そんなボクに英雄のような役割は向いてない。だから笑ったのさ」
 ロキの話に黒ローブの男は鼻で笑い「それは自虐か?」と言えば、ロキは「それがボクだ。抗えようのない事実だ」と、ハッキリと言った。そんな彼の答えに黒ローブはそれ以上何も言わなかった。
「話は以上か? それなら今度はボクから」
 ロキは黒フードからストーリーテラーの情報を掴む為に質問を投げようとしたが。
「なぜ君に頼むのか。それは君がしなければいけない事、償わなければいけない事だからさ」
「――ッ!?」
 黒ローブはいつの間にかロキの目の前へとやってきていた。
「君は、この夜の意味を知らなければいけない。その意味を知らずに死ぬのは、もう許されない」
「なにいっ、ぐっ!?」
 黒ローブの話についていけていなロキであったが、話そうとした瞬間、首が何かに絞められ足が地面から浮く。傍に居た馬もロキと同じく何かに身体を絡められ身動きが取れずにいるのか、酷く鳴いている。
息の出来ない苦しさに耐えながらロキは自分の首を絞める物を観察すると、それはレムレスに似た黒いモヤのような物で、黒ローブのいる地面から現れていた。
「きみっ……は、いっ……たい」
と、ロキは言葉が途切れ途切れになりながら問いかけた。
「さぁ? ストーリーテラーを殺す時に分かるかもしれないな」
 黒ローブは答えを誤魔化し、ロキを宙に浮かせたまま崖の方へと連れて行く。
崖の真下には大きな川が流れている。しかし、そこからは距離がかなり離れている。落ちたらロキは黒ローブが何をしようとしているのかを察知し、息を飲む。「や、やめろっ!」とロキが必死の形相で訴えるも、黒ローブは楽しげに笑うだけである。
「大丈夫、死にやしないさ。ただ、君のこれからの運命に繋げるための手伝いをしているだけなんだから」
 そして、ロキの首を絞める黒いモヤが無くなり。

「また必ず会おう」
「あっ」
「×××××」

 最後の黒ローブの言葉を聞けず、ロキは下へと落ちた。