1篇 終わらぬ夜2


 フギンはその表情を見て「しまった」と自分の行動を後悔した。なぜなら、彼等は。いや、彼等だけでなく神族の殆どは皆。

「「あんな奴の場所なんて知るもんか」」

「悪いね、力になれなくて。邪神とは関わりあいたくないから」

 邪神ロキを嫌っているからだ。

 彼等はそんな言葉吐き捨てて、フギンの元を去っていった。フギンは彼等に深々と頭を下げてから、深い溜息をする。そんな彼女にムニンが「だいじょーぶ?」と声をかける。

「大丈夫ですよムニン。今のはわたしの失敗でしたね。役目を忘れてしまっていたからか、慌ててしまいました。けれど……」

 フギンは反省しながらも、去っていく三人の後ろ姿を見つめる。

「こんな状況だからこそ、ロキ様とも連携して」

「それは無理だよフギン」

 ムニンは彼女の考えをバッサリと切った。

「だってロキ様だよ? 神族が敵対視する巨人族だった方なんだから。仲良くなるなんて無理だよ」

 ロキは最高神オーディンが彼の持つ力を気に入ったため、異例ではあるものの、仲間へと引き入れられたのだ。しかし、彼は神族と因縁のある巨人族の血が流れている者。そんな彼を、一部の神族は強いからという理由だけで受け入れられるわけがなかった。だからこそ、彼は神族から『邪神』と名付けられたのだ。

「それにロキ様もオーディン様やあの御二方以外とは仲良くなろうとしないしね。……あっ」

「どうしました?」

「そういえば、ロキ様の居場所分かるかも! ついてきて!」

「えっ、ムニン! 待ってください! 先に馬の用意をしなければいけませんよ!」

 ムニンが突然そんな事を言いだし、フギンを放り出して風になったかのように飛んで行ってしまう。そんな彼の素早い動きに驚きながら、彼女も翼を激しく羽ばたかせて。


◇◆◇


 フギンとムニンが騒いでいる時、彼等の探し求める人物ロキは中庭にいた。彼は自身の橙色の三つ編み髪を弄り、緑色の瞳で濃紺の空をぼーっと見つめている。彼が今いる中庭は季節毎に多くの花が咲き、神族達の憩いの場でもあり活気に溢れていたのだが。今は花達も手入れをされていないからか、悲しげに萎れてしまっていた。ロキはそんな誰もいない所で、軍服のボタンを全て外し、中の黒シャツもズボンから出してと、神族らしからぬ姿だ。

「ロキ。いくら誰もいないからといって、その姿はどうかと思うぞ」

 そんな彼の元へ、ある者がやってくる。

「……べっつに。そんなのボクの自由だろ、バルドル。本当に君は説教好きだよな」

 ロキに呆れながら説教するのは、金色の艶やかな髪に優しげに輝く金色の瞳を持つ最高神の息子、光の神バルドル。

 そして彼は。

「貴方が神族らしくしないからだ。友の説教ぐらい、素直に聞いたらどうだ?」

「いくら友の言うことでも、ボクはボクだから」

 ロキの数少ない友だ。

「で? 何か用か?」

 ロキはベンチを一人分空けてバルドルに尋ねると、彼は空いた場所に座り、少し間を開けてから話し出す。

「実は……この異常事態について、ある話を聞いたんだ。この事態を引き起こしたのは、ストーリーテラーが禁忌を犯したからだ、とね」

 バルドルの口から出た言葉に、ロキは首をひねる。

「ストーリーテラー? 初めて聞くな」

「私もだ。なんでも、世界の運命を見守り、それを嘘偽りなく運命の書に書き留める者。それが、ストーリーテラー。語り部、という意味らしい」

「ふーん。で? 禁忌って?」

「それは、運命の改変さ」

「運命の……改変?」

「ストーリーテラーは運命を書き留める者。その者が視てしまった運命が気に食わなかったから、もう一度初めからやり直そうとした。その者が気に入る運命に、ね。その影響で、この世界はこんなことになってしまったのさ」

「……ようするに。ボク等はそのストーリーテラーのとばっちりを受けてるってのか?」

「簡単に言えば、そうなるだろう」

 最終的な答えにロキは「ふざけてるな」と拳を強く握りながら、怒気を含んだ声を出す。

「どんな運命だったかは知らないが、関係ねぇボク等が巻き込まるのなんて、おかしいだろ」

 ロキの怒りにバルドルも「……そうだな」と賛同する。

「で? その情報を君はどっから貰ってきたんだ?」

「それは」

「「ロキ様!」」

 と彼の名を叫ぶ二つの声が、バルドルからその答えを聞くのを遮った。

「フギン、ムニン!? なんだよイキナリ!?」

 フギンとムニンは到着して早々、バルドルとロキにお辞儀を終えると、二匹同時にクチバシで横になっていたロキの服の裾を引っ張って立たせ、そのままぎこちない歩き方で移動させる。

「ロキ様には今からヴィークリーズへ行っていただきます! 時間はそこまで経っていないので、まだその周辺に潜んでいるはずです! 急いでください!」

「馬も門に用意してありますよ〜」

「なっ!? 用意が良いな!? というかちゃんと行くから裾を掴むな」

 ロキはベンチに置いていた、軍服と似たデザインのフード付ロングコートを掴み、バルドルに別れを告げて行ってしまう。

 烏二匹との騒がしい様子を、バルドルは苦笑しながら眺めていた。

「ロキ。さっきの答えだが」

 バルドルはもうそこに居ないロキへ向けて、ほんの少し口角をあげ、こう言った。

「貴方がふざけてると言った事は、貴方にとって、とても関係がある事なんだぞ。【終わらせる者】として、な」