2篇 炎照らす銀2


「……は?/え?」
 ずっと黙ってナリの言葉に耳を傾けていたロキは普通の、慰めようと取り繕うような態度ではなく、自然な態度と口調で、彼等にそう告げたのだ。
 おそらく初めて言われたであろうその言葉に、兄妹はロキの顔をマジマジと見る。見られすぎて恥ずかしくなってきたのか、ロキは兄妹から目を逸らし、自分はそこまで変な事を言ってしまったのだろうかと考えだす。すると、ナリがおずおずとロキに話しかけてきた。
「ロイさん、その……よく変だとか言われないか?」
 ナリの発言に、ロキはほんの少しだけ苛立った様子でナリに指を差す。
「あ、の、なー。ボクは素直な感想を言ったまでだぞ! 君達のその色は滅多に見ない色だが、ボクはそれをとても綺麗だと思った。ただそれだけのことさ! ごくごく自然な感想だ。それのどこがおかしい?」
 ロキが勢いよくそう喋ったため、兄妹は依然として変な人を見るような目でロキを見る。が、今まで何も話さなかったナルがそこで口を開いた。
「私達、この髪と目の色を今まで、ずっと気味の悪い色だって言われ続けたから。だから、そんな風に言われた事無くって、とても驚いちゃって。……ロイさん、あり《ぐぅぅぅ》。ッ!」
 お腹が盛大に鳴った。音を出した本人であるナルは、羞恥のあまり顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。そんな彼女の状況にナリは腹を抱えて笑いながら、妹の頭を優しく撫でる。高笑いする兄に対し、ナルは「笑わないで〜」と弱い力でポコポコと彼のお腹を叩く。
「ごめんってナル。あー、笑った笑った。んじゃ、飯にするか。アンタも腹空いてるだろ?」
「え……いや、悪いよ」
 ロキはナリの誘いを断った。嫌っている人間達の目に触れない為に、配給には行かず外へ出てまで集めた貴重な食料を分けてもらうのは世話になりすぎであると考えたのだ。しかしナリは「遠慮しなくていい」とロキに言った。
「今日は多く採れたからさ。アンタの分も充分に分けれる」
「……じゃあ、頼む」
 ロキが彼等の好意に甘えると、ナリはニカッと笑みを見せる。
「ナル。運ぶのを手伝ってくれ」
「うん。ロイさん、待っててくださいね」
「あぁ。あっ、ちょっと待て」
 ロキが部屋を出かけていた二人を引き留めると、二人揃って扉から顔を出して「なに?」といった表情でロキの言葉を待った。
「その、礼を言ってなかったと思ってな。ありがとう、助けてくれて」
「っ。……どう、いたしまして。それに……こっちこそ、ありがとう」
 礼を言われ慣れていないのか、ナリは居心地悪そうにロキから目を逸らして呟いた。そんな兄にナルは「照れてる〜」と彼の頬をツンツンとする。ナリはそんな妹に微笑みを浮かべながら、妹の頬を優しく引っ張る。
「いはい!」
「あっ、ひょら!?」
 ナルは兄と同じように、ナリの頬を引っ張り返した。兄妹はロキの事など忘れてしまったのか、互いに互いの頬を引っ張りながら顔をしかめあい、可愛らしくじゃれ合いながら部屋から出ていった。
「仲良いんだな。……それにしても化物、ねぇ」
 ロキは二人が部屋から出て行ったのを見届け、そんな和やかな空気に浸りながらそう呟いた。
 彼の目からは普通の子供にしか見えず、中身はそんな呼び名とかけ離れている。どうやらあの色だけがそう呼ばれてしまう原因なのだろう。そして、こんな世界になってしまった鬱憤の吐け口。
「そういうのは、どこに行ってもあるんだな。まっ、無いのが一番だけどな」
 ロキは初めよりは動けるようになった身体を伸ばし、ナルが持ってきてくれていた服に着替え、寝台から立ち上がる。彼が目指したのはこの部屋にある唯一の娯楽、本の山だ。ロキはそれらの背表紙を指でなぞる。本の種類は様々で、料理の本や絵本、それぞれの国についてやこの世界の始まりについて書かれた本もある。
 そんな中、彼はある本に目が留まった。それを手に取ると、それは本ではなく写生帳で、昔から使っていたものなのか、かなりくたびれた状態であった。中身を見てみると、そこにはこの世界の地図に、謎の落書きと共にこんな事が書かれている。

【人間の国ミッドガルド  私達がいる国。力が無いから、神様が巨大な壁を作って守ってくれてる。
 巨人の国ヨツンヘイム  野蛮な種族、巨人族が住む国。神族が嫌いで、よく喧嘩している。
 炎の国ムスペルヘイム この世界が生まれた時にあった国。炎を操る巨人族がいて、すっごく暑い!
 死の国ニヴルヘイム 死んだ人が逝く凍った国。小さなお姫様が管理してる。そのお姫様は、半分が腐ってるみたい。
 小人の国ニタヴェリル 小人族が住む国。大人になっても小さいまま。闘うための武器とかを作っている。
 妖精の国アルヴヘイム 森を愛する妖精族が住む国。色んな花が咲いていてものすごく綺麗らしいから、いつか行ってみたい
 狼の国ヤルンヴィド 鉄のように固くて尖った森がある国。狼の群れとこわーい魔女が暮らしてる。でも、狼さんってかっこいいよね。
 人魚の国マーレヴェルン 人魚達が暮らす海の底の国。人魚の肉は永遠の美を与えるらしいけど、た、食べちゃうの?
 神の国アースガルド 五種族の頂点である神族が住み、最高神オーディン様が治める国】

「これはあの子達が?」
 その文面からして、他国にとても憧れがあるようであった。他のページをめくる度に、この国ではこんな事をして、住人達と遊んで、色んな国で楽しく過ごす。そんな内容が紙にびっしりと落書きと共に書かれていた。落書きはきっとその国に棲む種族達を想像して書いたものなのだろう。下半身が魚の尾である人魚や狼など、写生帳の中身はとても賑やかなものであった。
 その写生帳を眺めるのに夢中になっていたロキだが、階段を上る音が聞こえてくると、勝手に見てしまったという罪悪感が彼の中で生まれ、すぐさまその写生帳を元の場所へと戻し、速かに寝台へと戻った。それと同時に兄妹が入ってきた為、ロキは何事もなかったかのように「おかえり」と彼等に言った。
 彼等も特に気にすることなく「ただいま」と返事をし、床へと座った為ロキも一緒に床へ座る。そして、それぞれの前に木の実と小さなパンがのった皿が置かれた。木の実は焼いたものや甘い匂いのする物で絡めたものと、多種多様である。
 そして小さなパンだが、ロキはそのパンを見て「まさか」と嫌な考えを過らせる。しかし、それはこの状況でそして育ち盛りだからこそ、仕方ないのかもしれない。兄妹と一緒に手を合わせ「いただきます」と言ってから、ロキはそのパンを二つに割って兄妹の皿に置いた。
「えっ。なんでだよ」
「……」
 その行動に驚いた兄妹がロキを見れば、彼は「それこそ、君達が食べる為のものだろ」と優しく微笑んだ。そんな彼の優しさに兄妹はまだ慣れず、戸惑いながら「ありがとう」と伝えた。
 そうして、黙々とご飯を食べ進めていると、ご飯を最初に食べ終えたナリがロキにこんな質問をする。
「で、アンタどこの種族? やっぱり神族なのか?」
「――ッ!」
 ナリの突然の質問に、口に入れていた木の実を喉に詰まらせてしまう。ナリはぎょっと驚くだけだが、ナルが慌てながらもロキに水を渡したため、その水を全て飲み干し、大きく深呼吸する。それを見届けたナリは眉を下げながら声をかける。
「あー、悪い」
「いや、大丈夫。……なんで、神族だって?」
 ナリはロキが落ち着くのを待ち、「だってよ」と話を続ける。
「その立派な服。俺が実際に見たわけじゃねーけど、神族とかが着てるやつだってのを聞いたことあったから。で、どうなんだよ!?」
 ナリはなぜか目をキラキラと輝かせながら聞いてくる為、ロキはその眩しさに目を瞑りながら渋々と「あぁ、そうだよ」と答えた。服の事について知っているのなら、誤魔化すことは出来ないという判断だ。その答えを聞いたナリは「じゃあ!」と興奮気味にロキに詰め寄り、こう言った。
「魔法見せてくれよ!」
「魔法を? なんでまた」
「俺、魔法とか憧れなんだよ! な? ちょっとぐらいいいだろー」
 魔法は、神族と稀に一部の者が持つ力のことである。何の力を持たぬ人間族であるナリが憧れるのも分からなくもない。
 ナリは年相応の笑顔で先程まで鈍かった銀色の目をめいっぱい輝かせながらロキの肩を揺さぶる。そして、ロキの隣に居たナルも彼の服の裾をくいっと引っ張り「わ、私も、見たいです」と、頬をほんのり赤らめながらロキに頼んだ。突然の願いに驚いたロキだが「助けてもらった礼もあるし、それぐらいいいか」とそれを受け入れた。
「分かった。分かったから離れてくれないか?」
「「はーい!」」
 兄妹はロキの言う通りに少し離れて、彼の前にちょこんと仲良く座る。ロキはそれを見届けると、開けていた窓を閉め、目線を天井にむけて指をパチンと鳴らした。
 指を鳴らしたと同時に、彼等の頭上に小さな炎がいくつか現れた。それは、まるで紅い宝石のような煌めきを放ちながら、この小さな部屋を輝かせ照らしている。ロキの出した炎に、兄妹は目を奪われていた。
「すげー!」
「呪文みたいなものは使わないんですか?」
「大きなものなら名前をつけてイメージを固めたりするけど、これぐらいのならそんなもの無くてもいけるんだ」
 ロキの話にナルはとても興味津々に頷きながら聞き、兄と同様に目を輝かせ、再び空中に浮かぶ炎に見惚れ始める。兄妹が小さな炎達見て騒ぎ笑顔を見せる姿に心が温まるのを感じながら、ロキはストーリーテラーの事について再度考え始めた。
 その者が運命の改変という禁忌を犯し、この世界を夜だけの世界にしてレムレスを生み出したこと。その者を殺せば、この夜を終わらせられること。しかし、その者の姿を全く知らない為、探そうにも探せないというのが現状だ。
 あまりにも、ストーリーテラーについての情報が少ない。
「まずは情報探しか」
「えっ?」
「情報探しって、なんだよ」
 ロキの独り言に反応した兄妹に「なんでもないよ」と微笑み、また指を鳴らすと、空中に灯されていた炎は全て消えてしまった。何も無くなったそこを、兄妹は「あ〜」と哀愁を帯びた声を出す。
「もう充分見ただろ? それに、そろそろボクも行かないと」
 ロキが窓を開けながら言った事に、兄妹はとても寂しげな顔をする。そんな彼等の様子に「懐かれてしまったか?」と彼は困りながらも、少し嬉しいのか口元がニヤけるのを抑えながら彼は兄妹にこうお願いをした。
「で、悪いんだけどさ。また一つ教えてほしいことがあるんだけど。馬って、どっかで売ってないか?」
「「え? 馬?」」